2010年02月09日

1502 猫のなまえ

 ランク122位。

 黒白のみみ太(猫)がうちに来て、今年で五年とちょっととなる。思い起こせば6年前の11月の寒い夜、マンションの一階付近で、ものすごい声で鳴いていた。僕は下に降りて、「ちっちっち」と猫必殺の舌打ちをしたのだが、相変わらず鳴き続けるだけで猫は出て来ない。続いて、妻が下に降りて行き、俺が部屋で待っていたら、片手で持てるぐらいの小さい小さい黒白の子猫を胸に抱いて戻って来た。こいつは、オス猫だけに、女になつくのだと直感したものだ。もちろん即座に飼うことに決めた。甘えん坊のこのオス猫は、最初は、小さくて、足腰もふらふらしていて、大きくなるのだろうかと不安だったが、5年目を迎えた現在、新宿区大猫コンテストに出してもよさそうなほどの巨大猫である。しばしば、僕は彼を歌のネタにしている。名前を「みみ太」とつけたのは、この猫は前から見たらちっちゃいけど、後ろから見るとでかい。つまり、新宿生まれのせいか、ホスト系の顔なのだ。顔が異様に小さい。それゆえ、耳がでかく見える。だから僕は即座に「みみ太」と命名した。最初俺は、猫を飼うならメスに限ると思っていたのに、今や可愛くて可愛くてしょうがない。フトンにもぐりこむときだけは、妻のほうに行くが、それ以外、ヒザに乗ったり腹に乗ったりは常に俺の上だ。この猫は、清少納言が愛で、「枕草子」で「猫は黒白がいちばん」と書いた猫の直系の子孫である。しかも新宿生まれだけに小顔のホスト系である。何たって黒服なんだから。しかし、拾ったときはだいたい三ヶ月くらい、そんなんで寒い11月に捨てられたなんてかわいそうな子だ。
 猫の思い出はいろいろある。以前中野坂上のアパートに住んでいたとき、同じ黒白のメスの野良猫にエサをやっていた。雨の日も雪も日も、思えば6年間くらい僕はエサをやり続けた。彼女はいつもドアの前でじっと待っていたものだ。朝はいつも決まった時間に催促の鳴き声を出していた。ちっちゃいメス猫だったので、僕は「みくろ」と名付けて可愛がった。なぜ自宅で飼えなかったかと言えば、当時、唯我独尊の女王様、茶トラのみんくを飼っていたからだ。みんくが死んだ(泣)あと、新宿に引っ越すとき、この猫も連れて行こうと僕は思っていた。ところが不思議なことに、引越し当日、いつも近寄って来る猫が逃げるのである。猫は環境が変わるのが大嫌いな動物であり、それを直感で察したのであろう。僕は今でも、みくろがその後ちゃんと生きて行けたかどうか気になって仕方がない。前のアパートに行って探してみたが、もうみくろはどこにもいなかった。可愛い猫だった。
 もう一匹、メスの黒猫がいた。これは、実にまた巨大な猫だった。ゆえに、名を「まくろ」とつけた。この猫はいつも、不意打ちに体をどかんとぶつけ、「元気?」と声をかけてくれた。彼女にもごはんをあげていたが、律儀な猫で、ときどきネズミの死体をお礼にプレゼントしてくれたものだ。彼女はノラだったが、途中から首輪がついた。多分、性格がよかったので誰かが飼ってくれたのだろう。それでもよく、塀の上から僕に「にゃあ」と挨拶をしてくれたものだ。妻はまずもって僕を褒めることなどない女だが、猫のネーミングに関しては天才だと賞賛してくれる。いずれにせよ、みみ太が僕の最後の飼猫だと思う。猫との別れはとても辛くて耐えられないからだ。
 僕には、子供のころから人間の思い出はあまりない。僕の幼少時代の思い出の大半は、三毛猫の「みけ」とテレビジョンである。不幸な男だと同情する人もいるが余計なお世話だ。テレビジョンと猫こそが、今の私を形成した重要な要素なのだ。

      今日の3首

長渕が女ことばで詞を書いていた頃たくさん友達がいた 谷村はるか

ベランダからとなり町の木きょうは近い縦に体液流れる朝を 同

すべての夏は最後の夏だ潮水に濡れた三十歳(さんじゅう)の髪を洗うよ 同

ニックネーム 茶トラのみんく at 00:31| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月08日

1501 うた詠まぬ勇気

 ランク104位。

ドラマでは美少女の部活の定番のラクロスのルール知る友おらず 砺波 湊

 恥ずかしながら、と言いたいがまったく恥ずかしくないのは、僕はそもそも「ラクロス」って何だ?????? としか最初思わなかったからである。「部活」だけでは、文芸部か運動部かだってわからんではないか。珍しいパズルの名前かとさえ思ってしまったぞ。つまり僕は、この地球上にラクロスなる単語が存在すること、ラクロスなるスポーツ(人に聞いてやっとスポーツだと知った)が存在することを最初っから根本的に知らない状態でこの歌に臨んだのである。そして僕の灰色の脳細胞はあっという間に事情を察知した。ラクロスというスポーツ(事情は察知したがルールはいまだにわからん)には、「お嬢様学校」「可愛い制服」「テニスに比べて団体行動率が高い」「むさくるしいジャージではなくなぜかちゃんと征服に着替えて帰る美少女たち」というイメージがはりついていることを。ちなみに、ネットで検索して出たラクロスの選手は太股がぱっつぱつの短パンはいたごつい姉ちゃんだったが。テニス、スキー、ゴルフなどは嬢ちゃん坊ちゃんスポーツと思われているがとんでもない話で、そのどれもがハードで筋肉隆々、とても可愛い制服なんぞあっという間に合わなくなってしまう。その中にあって、ルールもろくに知られていないラクロスはいまだ、「いやーん制服のスカートがめくれちゃったあ〜ん」なんぞとほぞく美少女たちがそうこきながら死闘を繰り広げ、なおかつ帰り道では美少女のまま、というイメージでとらえられ、無意味にドラマでフィーチュアされている。そんなスノビッシュなイメージ先行のバカどもを笑い飛ばした痛快な秀歌である。この作者らしい。

わがひとよ年ごとに世間狭くなりうた詠まぬ勇気いまだに持てず 阿部美佳

 僕は、短歌は玩具だと思っている。この韻律の中で、いくらでも遊べるのだ。金もいらない。紙と鉛筆さえあればいい。僕は希望をなくした人間だ。そんなとき短歌と出会えて、本当にラッキーだったと思っている。この歌の下句はヘビーである。4句めの、うた詠まぬ勇気とはどういう勇気なんだろうか。ずばり僕は、死ぬ勇気だと思う。歌を詠んでいるからかろうじて生きている、いや、歌への未練が、死ぬ勇気をくじくのである。僕自身、第一歌集、いや、啄木に倣って、第二歌集を出せたら、とっとと死んでいいと思っている。あまりこの世に未練はない。作者は、社会復帰不可能な病者である。それだけに、僕なんかよりも、この下句を詠わざるを得なかった気持ちにこの上ない痛みを感じる。「どんな生でも生きる価値はある」などとほざく連中は、多分短歌を知らないのだろう。

南天の実がひきしまる心地せりブレーキきかぬ自転車の上 有朋さやか

 南天とくれば、有名な歌がある。「一度だけ本当の恋がありまして南天の実が知っております 山崎方代」。これは、僕がむちゃくちゃ好きな相聞歌である。南天の実は赤い。その強烈な赤の色の中に、方代は純粋な恋情を詠ったのだろう。過去の記憶の中にあるはかない断片である。有朋さやかの歌は、彼女特有の独特な肉体感覚の中に、南天の実を昇華させている。ブレーキがきかない自転車の上に乗って、南天の実がひきしまる心地がすると詠っているが、実になまめかしい。二句目と下句が、まさに、サドルを思いきり足ではさんで走ろうとするがブレーキのきかない坂道を行くときのあの官能を想起させて、日常の風景でありながらどこかエロチックな感じがする。彼女こそ、歌壇における土屋名美であろう。

 ところで、僕のコメント欄に、有朋さやか氏を男だと書き込んでくる人がいるのだが、歌を詠む感性がなってない。僕も性愛歌が好きだが、僕の作る歌と彼女の歌とは全く違う。僕も有朋氏も、共に自己愛が強いと思うのだが、彼女の自己愛は完全に女性特有の物である。全然違うのである。歌を読む力をもう少々養っていただきたいものである。それにしてもこの作者は面白い。
ニックネーム 茶トラのみんく at 01:07| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月06日

1500 「短歌人」2月号会員欄秀歌選その57

 ランク昨日90位、今日91位。

      「短歌人」2月号会員欄秀歌選その57

わがひとよ年ごとに世間狭くなりうた詠まぬ勇気いまだに持てず 阿部美佳

浴室の排水孔よりぬつと出づにんげんの澱(おり)に肥えた百足が 山田政代

南天の実がひきしまる心地せりブレーキきかぬ自転車の上 有朋さやか

ドラマでは美少女の部活の定番のラクロスのルール知る友おらず 砺波 湊

マフラーを一回多く巻きつけて焼きいも屋さんの声する方へ 上原康子

あたたかい風呂に入ればわたくしの存在鳥肌に包まれている 椎名夕声

弁当のなかにどしどし大雪の降り積もるかなどしどしと食ふ 田宮ちづ子

点滴を引きずる同士がトイレにて道ゆずりあう晩秋の夜 米山和明

地板とふ職場の中に挺身隊の澄みし瞳のをみなを見たり 原島三郎

妻を恋ふ鹿は高音でなくと言ふ我も聞きたし共に泣きたし 横倉勝一

祭壇の前に置かれし叔父の棺(かん)都会の叔母は口づけをせり 瀬川千代子

「皇室の名宝展」にゆく道に路上生活者の長き行列 山田政代

永遠の海兵二等兵湾(うみ)荒れてドブ板酒場反吐はいている 松岡壱八

昨晩はカーテン越しにくぐもつた嗚咽の聞こゆ検査入院 牛尾誠三

ショートホープを短い希望と言い換えて吸い続けてもよいと思った 原 芳市

訂正を求められたり勝ち誇る受話器の向かうの正しき読者 薄葉 茂

歓喜とふ言葉なくして悲哀なし初ふゆの日にもみぢ目に染む 薄葉 茂

思いきりきみに怒りをぶつけたし傘で地面を突きつつ向かう 中井守恵

月と雲あはくはかない交合(かうがふ)を明けの電車の窓にみてゐる 三島麻亜子

あやとり橋しやくなげ橋とふ親子吊橋おこりのごとき顫へ襲ひく 平松典子

独り言言う癖のある私に言うたび反応する夫疎まし 犬伏峰子

納豆のこねたる糸が箸はなれふわりふわりと鼻に着地す 渋谷和夫

玄界灘を妹とふたり越えしとき十二の父に希望はありしか 成田さだこ

忘れたきことひとつありありたけのフォークならべて裏までみがく 野中祥子

帰ろうとするたび蝋燭消す風としばし語らう父母の墓前に 永田きよ子

訊くことは誰も似ている 父の死を語る言葉がうまくなった 竹田正史

おかあちやんうどん屋さんになつたらええでわが七歳が常いひたりしころ 矢嶋博士

ニックネーム 茶トラのみんく at 23:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする