黒白のみみ太(猫)がうちに来て、今年で五年とちょっととなる。思い起こせば6年前の11月の寒い夜、マンションの一階付近で、ものすごい声で鳴いていた。僕は下に降りて、「ちっちっち」と猫必殺の舌打ちをしたのだが、相変わらず鳴き続けるだけで猫は出て来ない。続いて、妻が下に降りて行き、俺が部屋で待っていたら、片手で持てるぐらいの小さい小さい黒白の子猫を胸に抱いて戻って来た。こいつは、オス猫だけに、女になつくのだと直感したものだ。もちろん即座に飼うことに決めた。甘えん坊のこのオス猫は、最初は、小さくて、足腰もふらふらしていて、大きくなるのだろうかと不安だったが、5年目を迎えた現在、新宿区大猫コンテストに出してもよさそうなほどの巨大猫である。しばしば、僕は彼を歌のネタにしている。名前を「みみ太」とつけたのは、この猫は前から見たらちっちゃいけど、後ろから見るとでかい。つまり、新宿生まれのせいか、ホスト系の顔なのだ。顔が異様に小さい。それゆえ、耳がでかく見える。だから僕は即座に「みみ太」と命名した。最初俺は、猫を飼うならメスに限ると思っていたのに、今や可愛くて可愛くてしょうがない。フトンにもぐりこむときだけは、妻のほうに行くが、それ以外、ヒザに乗ったり腹に乗ったりは常に俺の上だ。この猫は、清少納言が愛で、「枕草子」で「猫は黒白がいちばん」と書いた猫の直系の子孫である。しかも新宿生まれだけに小顔のホスト系である。何たって黒服なんだから。しかし、拾ったときはだいたい三ヶ月くらい、そんなんで寒い11月に捨てられたなんてかわいそうな子だ。
猫の思い出はいろいろある。以前中野坂上のアパートに住んでいたとき、同じ黒白のメスの野良猫にエサをやっていた。雨の日も雪も日も、思えば6年間くらい僕はエサをやり続けた。彼女はいつもドアの前でじっと待っていたものだ。朝はいつも決まった時間に催促の鳴き声を出していた。ちっちゃいメス猫だったので、僕は「みくろ」と名付けて可愛がった。なぜ自宅で飼えなかったかと言えば、当時、唯我独尊の女王様、茶トラのみんくを飼っていたからだ。みんくが死んだ(泣)あと、新宿に引っ越すとき、この猫も連れて行こうと僕は思っていた。ところが不思議なことに、引越し当日、いつも近寄って来る猫が逃げるのである。猫は環境が変わるのが大嫌いな動物であり、それを直感で察したのであろう。僕は今でも、みくろがその後ちゃんと生きて行けたかどうか気になって仕方がない。前のアパートに行って探してみたが、もうみくろはどこにもいなかった。可愛い猫だった。
もう一匹、メスの黒猫がいた。これは、実にまた巨大な猫だった。ゆえに、名を「まくろ」とつけた。この猫はいつも、不意打ちに体をどかんとぶつけ、「元気?」と声をかけてくれた。彼女にもごはんをあげていたが、律儀な猫で、ときどきネズミの死体をお礼にプレゼントしてくれたものだ。彼女はノラだったが、途中から首輪がついた。多分、性格がよかったので誰かが飼ってくれたのだろう。それでもよく、塀の上から僕に「にゃあ」と挨拶をしてくれたものだ。妻はまずもって僕を褒めることなどない女だが、猫のネーミングに関しては天才だと賞賛してくれる。いずれにせよ、みみ太が僕の最後の飼猫だと思う。猫との別れはとても辛くて耐えられないからだ。
僕には、子供のころから人間の思い出はあまりない。僕の幼少時代の思い出の大半は、三毛猫の「みけ」とテレビジョンである。不幸な男だと同情する人もいるが余計なお世話だ。テレビジョンと猫こそが、今の私を形成した重要な要素なのだ。
今日の3首
長渕が女ことばで詞を書いていた頃たくさん友達がいた 谷村はるか
ベランダからとなり町の木きょうは近い縦に体液流れる朝を 同
すべての夏は最後の夏だ潮水に濡れた三十歳(さんじゅう)の髪を洗うよ 同



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