>黒田さん、47歳で短歌を始めたから、短歌に対しての学習ができないなどと悲しいことを言わないでくださいませ。私は50歳で始めました。でも、まだまだ学習できると思っています。いや、これからはこの短歌に対する学習を私の生き甲斐にしようと思っているくらいです。大体、今の歌壇は若い人を重用しすぎると思います。確かに若い人には瑞々しい感性があり、相聞歌などを詠える有利があることは認めます。しかし人間生きている限り日々新たです。熟年になることも、その人にとっては新しい体験であり、新しい発見の可能性に繋がるのです。私達遅く始めた人間の不利をいかに克服するか、それが今後の課題だと私は思っています。黒田さん、皆さん、生意気なことを書き込みまして失礼いたしました。(最敬礼) 横山美子
>横山様
おっしゃるとおりです。横山さんは大変頑張ってらっしゃると僕は思います。ただ、短歌をめぐる教養についてオーソリティーになるのは、僕に限って言えば到底無理だと諦めています。オーソリティーというのは、別な言い方をすればオタクですね。知識の蓄積は、やはり脳の柔軟な若いうちから始めないととうていその膨大さに追いつけません。横山さんの意見は正しいと思います。僕自身のことです。ただ、諦めたり絶望したりしているのではなく、行けるとこまで行こうと開き直りの気持ちを持っています。あれやこれや、歌集を読むのではなく、やっぱり絞り込んで読んでいきたいですね。昨日も書いたけど、短歌史的な価値よりは、その第一歌集にリアルタイムで触れることのできた歌人たちをやはり重視してしまいます。歴史上の人物にかまけている時間は、はっきり言って僕にはないのです。有名ではなくとも、有望な現代歌人がたくさんいるのですから。どうしても若手のほうに目が行きますね。と言っても、僕は「塔」と「短歌人」の若手しか知りませんが。いずれにせよ、お互い遅く短歌に目覚めた者同士、この短詩形を愛して死ぬまで詠んでいきましょう。








