結社のイメージ、というのは不思議なものである。たとえば「塔」には優秀な男性歌人も多くいるが、女性歌人の宝庫、という印象が強いと思うのは私だけではあるまい。劇団でいえば文学座か。あそこも女優の劇団という定評がある。もちろん、男優陣もそうそうたるものであるが、どうしても女優を見せる劇団という印象が強い。「塔」もそれとよく似ている。河野裕子の存在の大きさは、杉村春子に匹敵する。河野は、一歩間違えれば女優の道を選んだいたかもしれず、それでも十分に大成したことであろう。だってあの人の存在感とオーラはまさに舞台女優のそれである。逆に、「短歌人」や「未来」のイメージは男性的である。これも不思議だ。結社の持つ
伝統というか雰囲気というか社風というか、そういうのは一度確立されると血液型のように代えのきかないものになってゆく。
てなわけで、今月の名歌選、ほとんど女性の歌ばかりになってしまった。別に意図したわけではなく、結果としてこうなってしまったのである。「塔」=女流歌人の宝庫、という私のイメージは、ますますゆるぎないものとなっていく。
今月の赤丸歌、池本欄作品1、169首。花山欄、146首。栗木欄、144首。真中欄、191首。吉川欄、120首。澤辺欄若葉集、111首。計881首。
「塔」五月号 陽の当たらない名歌選。
かすかなる鈴打つ音を二度聞きぬ空耳ならず確かなる音 河合貞子
向かい合う食事は苦手
スプーンの窪みに映るやさしき銀河 夏目 空
ひとり居のきらいな人とこなごなの時間のなかに鶴を折り合う 山下 泉
渡良瀬川渡れば桐生旅びとは昭和色しためがねをかける 干田智子
〈月のしずく〉永らく
和菓子と思いいし二人で行く
ホテルだなんてまあ 小島美智子
わが歌を信じぬ塔の歌人らよ撃ち合う音がそこでしている 滝 友梨香
初句七音を五音のリズムでよめという村木道彦喫煙やめず 村松建彦
マスクして
背中丸めて現れしこの男もはや敵にはあらず 深尾和彦
眼鏡から眼鏡へ映りゆくひかり眼鏡の人ら気づかずつむる 澤村斉美
川はつねに私の前であたらしい 過ぎゆく人をふりかへらない 澤村斉美
琴欧州が回しを締めて四股を踏むほかの職業なかつたのだらうか 浜崎純江
出征で別れた女性を「あの方」と呼んで思い出ぽつぽつ語る かがみゆみ
犬はいい、擦れ違ふたびに気に入らぬ奴に吠えてはすぐもとに戻る 工藤博子
わたくしという虫けらが飲み始む くもりの朝のぬるきビールを 白伊沙和子
宿酔いの苦しみくらいで償える私の罪の軽さを嗤う 水島 修
声たてて泣かざりし母の押入の母の羽毛
布団に黴は生えたり 村田弘子
フルタイムドローのような毎日を過ごしていますつらい日々です 西之原正明
十年経てば俺の凄さが解ると言う 火にかざす手を忙(せわ)しく擦りつつ 保村たまき
かつて我に
椅子振り上げし青年の、いや少年の能面の怒り 小川和恵
簡単に泣ける体力
ジャージーの袖を引っ張り引っ張り鼻拭く
子ども 芦田美香
眼鏡変えてぐっと上がりし男ぶり山咲荘の二階のひとり者 井上政枝
円居といふ死語に句点を打つ如し電子レンヂのその終止音 久保茂樹
紙芝居読み聞かせゐるわが顔を必ずひとりは下より覗く 安藤純代
蟲眼鏡用いて地図の中にいるこいつとこいつこいつを焦がす 相原かろ
不幸なのがいやなのではなく不幸だと思われるのがいやだと泣いた 飯村みすず
校庭の隅なる欅ひっそりと 知るや彼の日のリレーアンカー 今田龍郎
畑(はた)の辺(へ)より摘み来し野蒜も具のひとつチキンラーメンに春の香の立つ 大地たかこ
凧の糸切れてそのあと追いかける二人と一匹海辺を走る 原 ゆきこ
あの人の機嫌が良くても悪くてもラークの空箱ねじられており 黒沢弘子
しあはせかどうかを聞くなゴミ箱の底へとゴミを押しこみながら 常盤義昌
以上、厳選30首。ほかの誰でもない、私が選ぶ歌、それこそが名歌なのだ。