2007年06月30日

818 「アララギ系固有名詞派」宣言

 昨日から、「仙波龍英歌集」に読みふけっている。もう、面白くて面白くてしょうがない。歌集というのは読み物だ。読み物である以上、読者が面白く読めなくてはいけないわけだが、どの歌人もあの歌人も、そういう基本がまったくわかっておらん。その点、仙波はまさにエンターテイナーである。それも、最近めっきり減った、毒気を含んだパフォーマーである。仙波についてはいずれ書くが、私の涙がちょちょ切れた一首を、とりあえずは紹介したい。

ムルギーのカレーすすれば新東宝「お玉が池」のゆふひはあかく 仙波龍英

 「お玉が池」とは、中川信夫の弟子であった石川義寛監督の、「怪猫お玉が池」のことである。結句の、「ゆふひはあかく」には爆笑した。この映画を歌にしてくれるなんて、嬉しいなあ。さらに熟考のうえ感想をアップしますのでどうぞお待ちください。仙波の歌の全貌を知ったことは、私にとっての事件である。
 私は、いわゆる「前衛短歌」(塚本邦雄がその代表とされる)には、まったく心を動かされない。寺山修司に対しても同様である。塚本邦雄は、まぼろしを見ることが短歌の使命だと言ったそうだが、僕は短歌の根本は写実だと思っている。だから、佐藤佐太郎が好きなのだ。だからといって、アララギ風を極めようとも思わない。仙波龍英は春日井建の歌が好きだったという。藤原龍一郎氏もまた、前衛短歌にどっぷりつかった一人である。俺のような、前衛短歌のぜの字も影響を受けず、アララギ派短歌に強烈な親和性を持つものがなぜ、藤原や仙波の歌に惹かれるのだろうか。俺は、俺独自の短歌を作りたいと思う。アララギ系固有名詞派、というやつだ。これは矛盾表現だろう。アララギで言うところの写実と、僕が歌に盛り込みたい俗で世間的な固有名詞とは相容れないもののはずだ。なぜなら、昔の女優の名前や怪獣の名前、テレビのヒーローや一発屋のヒット曲なんてものは普遍性に欠け、あまねく万人が共有する(と彼らが思っている)感動に訴える力はないものと見なされているだろうからだ。そのつまらぬ固定観念をぶち破り、大衆文化のイコンが、日本人にとっての桜の花や海の藻屑に匹敵するほどの普遍性と情緒を持っていることを、短歌を通じて証明したい。つまり、佐藤佐太郎も、仙波龍英も藤原龍一郎も、俺にとっては同じジャンルの歌人であるのだ。重ねて言うが、仙波龍英の全短歌を知ることができたのは、俺の人生における一大事件である。歌を詠むことが難しくなった。俺はここに、俺の短歌の目指すべき地平に、「アララギ系固有名詞短歌」という矛盾に満ちたネーミングをすることを宣言する。

      今日の二首

東海地方の天気予報をみるたびに画面右端にふるさとがある 冬道麻子
精一杯生きてゆく事それだけのひと日ひと日に夕暮れがある 辻 善夫
ニックネーム 茶トラのみんく at 00:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年06月28日

817 「仙波龍英歌集」(六花書林)出版!

 ネットで注文した「仙波龍英歌集」が六花書林より届く。これは画期的な歌集出版だ。仙波は、僕にとってまさに「伝説の歌人」。今となっては、なぜ彼のことを知ったのかよくわからない。しかしずっと読みたかった歌人であり、「わたしは可愛い三月兎」が、ネットでいくら探しても品切れはおろか向こうが探してる状況で歯軋りしただけに、今回のこの歌集出版は偉業と言えよう。伊右衛門こと天知茂や、赤木圭一郎(トニー)を歌の題材にするなど、歌壇広しと雖(いえど)も仙波とこの俺黒田英雄くらいであろう。まだ熟読はしていない。
 仙波の写真を、カバー見返しで初めて見た。まさに、売れない新劇二枚目俳優のようなご面相で好感を持つ。他人とは思えない。また、高田流子氏によるインタビュー記事や、藤原龍一郎氏による、自らの歌人としてのあゆみと仙波の姿を重ね合わせた跋文も読みごたえがある。正直僕は、歌論を読むなんてもううんざりである。つまらない歌論を載せず、仙波龍英という人物をまったく知らないだけにいっそう僕にとって興味あるその人物像に迫った文章を併載してくれた編者の慧眼に感謝するものである。
 それにしてもだ。歌壇というのは馬鹿ではなかろうか。1985、「三月兎」が出版された当時は、仙波もまたライトヴァ―スのひとつだと言われていたらしい。アホか。表紙が吾妻ひでおだというだけでそう思ったんだろお前ら。と言うか、吾妻ひでおを本当に知っていたのなら、なおさらライトヴァ―スだなんて思うわけがない。可愛いマンガ絵だからこの馬鹿どもは頭からそう決めつけただけのだ。頭にき、のつく某歌人などは、この表紙のことを「アニメ絵」と評論で書きくさった。全然別ものじゃばかもの。歌人というのは、くだらん理屈ばかり先行させて、歌そのものを見る直観力にはなはだ欠けている。まさに、インテリ馬鹿というやつだ。だからこいつらの歌論は面白くもなんともないのだ。仙波龍英のどこがライトヴァ―スだ。彼の歌は、現代と、オノレという存在に対する呪詛の連呼ではないか。たとえば同時代もてはやされた俵×智の、現実肯定に満ちたいやらしいいやらしい歌集と、加藤治郎のごとき気障の権化で痛みの全く感じられない修辞遊び、それらと仙波の歌にどこに共通点があるというのか。賭けてもいいが、仙波をライトヴァ―ス呼ばわりした歌人どもは、中身も読まず、(もちろん吾妻ひでおも知らず)表紙絵のイメージだけでそういうことをぬかしたのである。イメージを前提に歌論を組み立て、まず結論ありきでオリジナリティのかけらもなく、それだけでなく、事実に即してさえいない、という歌論が(どこの文学も同じだがとくに短歌は)蔓延しているのである。ちったあ変わったこと言ってみろってんだ馬鹿共。
 そうですか。仙波の第一歌集が出たのは1985年ですか。その当時の私といえば、短歌などというものは存在すら知らず、売れない芝居を一生懸命やっていた。性欲食欲ともに絶好調のときであり、食ってはやり食ってはやりの毎日だった。80年代なんぞというのは、歴史のたんつぼと言えるような時代だった。私の貧乏劇団にも、某ビール会社から40万円の広告料をいただいた。よっぽど金が余っていたのだろうこの資本主義の走狗め(助かったけど)。そういう時に仙波が歌集を出していたんですねえ、全然知らなかった。また、藤原さんの後書きにはショッキングなことも書かれている。僕は、人間仙波に迫った、ドキュメンタリー的な文章を読みたい。この人については謎が多すぎる。第一死因がよくわからない。また、彼の呪いのメンタリティのよってきたるところを、その一代記を通じて知りたいと思うのである。歌論?いらんいらんそんなもんいらん。歌人の書く歌論なんてクソである。歌人の人間性を炙り出すような歌論など読んだことがない。いや、ある。塚本邦雄が「成人通知」に寄せた浜田康敬論、それのみである。例えば僕は、近藤芳美を語った評論などいっさい読んでいない。なにが述べられているかおおかた見当はつくからである。誰も近藤がロリコンじゃないのか?とか、崇拝のあまり女性の本質が見えてないんぢゃないのか?とかいうことを書いていないのが見え見えである。また、岸上大作にしても、革命のロマンと恋だのなんだの綺麗事ばかり書きくさって。彼に短歌を書かせた原点は、母が祖父に犯され続けることによってやっと衣食を確保できた、この根本的で救いのない貧しさにある。誰もそれをはっきり言わんではないか馬鹿野郎。とにかく俺は、いわゆる歌人が総合誌向けに書く歌論、歌人論の奇麗事とオリジナリティのなさにうんざりしている。もっとその歌人の人間性(いい意味でも悪い意味でも)を暴き立てるような歌論を書いてみさらせ。もっとも掲載はされないだろうけどな(笑)。だからダメだと言っているのだ。
 繰り返すが、六花書林の、「仙波龍英歌集」出版は偉業であると僕は思う。宇田川寛之氏、いい仕事をしたものだ。2000円では安い。500円くらい色をつけて送金しようかと思ったがこっちも貧乏なのでやめた。買って損はない歌集であります。僕は、藤原、仙波と違った形で、固有名詞短歌を乱打したいと思う次第である。そういう意味で励みになる今回の刊行であった。
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2007年06月27日

816 センチメンタリズム

捕獲さるる度に誰かが引取りて四丁目にゐた「あか」といふ犬 酒井久美子

 ふゆのゆふ氏から、この歌がらみで犬の思い出を語ったコメントを頂戴した。この歌は、何度読んでも飽きない。僕は、「原っぱ原理主義者」ではない。それはどのようなものかというと、原っぱでガキ大将に率いられてみんながひざ小僧をすり剥かせながら遊んでいた時代がいちばんいいのだとする歴史観だ。冗談じゃない、当時だって子供には子供の悩み苦しみがあり、近代化はなすすべもなく、ガキ大将への信頼とか人望とかの裏に差別や憎しみがあるのはみんな承知していた。公害が蔓延し、先祖代々の土地は買収され、三種の神器などというけちくさいもので庶民はけちくさい喜びを味わっていた。そんな時代なのである。にもかかわらず、いやそれゆえにいっそう、この歌には心を打たれる。あの、昭和37、8年ごろの光景を、皆、スタンダードのように語るが、実はほんの一瞬の過渡期のものでしかなかった。もちろん当時の人々はだれもそれを認識していなかった。僕は、昭和39年を境目に日本は変わったと思っている。ここから完全に、西暦が似つかわしい時代へと以降したのだ。はっきり言って、これ以降元号を使い続けることに僕は意味がないと思っている。それにしてもこの歌を読んで、こうまで胸がきゅんとなるのはなぜだろう。「あか」という名前の犬の存在がいい。この三十一文字のなかに時代の哀愁が凝縮されている。二度と帰らない、貴重だとも知らないまま失われてしまった時間を詠っているからである。なに?単なるセンチメンタリズムではないかですと?センチメンタリズム、大いに結構である。それなくして、どうして短歌が短歌たりえようか。歌で泣け。歌で思い出を語れ。歌で、二度と還らない刹那を繋ぎ止めろ。基本的に、これが短歌という文学の使命である。
 昔は、ペットなんて単純な名前をつけたものだ。私の子供時代唯一の友達だった三毛猫の名前はミケだった。隣の虎猫はトラだった。まあそれはいいとして、最近の馬鹿親どものネーミングセンスには笑っちゃうよな。アリサとエリカとか、果てはアンヌとかランランとか。こういうのは普通、源氏名かAVである。まあこれも、時代と言えば時代だろう。心貧しき時代である。「塔」には、いい名前の歌人がたくさんいる。佐藤南壬子。すごいセンスを感じる。あと何度も取り上げて恐縮だが、河野裕子、栗木京子という名前もシンプルだがすごくいい。僕は、「子」のつく名前が好きだ。だいたい、僕の祖母の世代では庶民で「子」なんかつける家はめったになく、そもそも「子」は貴族の女性の占有だったという。いまや、「子」のつく名前はシブい、といえるだろう。男の名前も、「雄大」とか「星也」とか、親の頭を検査したくなるような名前のオンパレードである。ちなみに、私の名前は黒田英雄。これも凄い名前である。これは、もちろん、私の記憶にない父がつけてくれた名前であるらしい。私を英雄(えいゆう)にしたかったのであろう。現実との格差にあきれるばかりだが、それでも雄大だのなんだのよりは、まだ昔からある名前であるぶん親のセンスはましである。

娘(こ)は母に息子は父に似るといふ父親(おや)知らずのわれに似るものはなし 黒田英雄

 父なる人物は、私の幼いときに、運転していた車を正面衝突させて昇天してしまった。彼に関する記憶は全くない。この歌の「似る」というのは顔ではなく性格のことを言っているのは言うまでもない。
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2007年06月25日

815 短歌(うた)の湿度・まず結社誌を読め

 湿気というのは鬱陶しい。日本に湿気さえなければ、夏は過ごし易いはずだ。いわゆる、からっと晴れる、というやつだ。しかし、短歌に関して言えば湿気は必要。からっと晴れた短歌では困るのだ(俵×智の、脳が天気みたいな短歌もどきとかな)。じとーっとしてなきゃね。

捕獲さるる度に誰かが引取りて四丁目にゐた「あか」といふ犬 酒井久美子

 短歌は、三十一文字に凝縮されたドラマであると僕は思う。その短い詩形のなかに、数尺を費やした映画にも匹敵するほどのストーリーを詰め込み読者のイメージのなかで再生させる。
 かつて野良犬というものが普通におり、野犬狩りというものも普通にいた。公務員の行う衛生活動であったが、なに昭和三十年代ころの喋符で言うところの「犬殺し」である。野生と管理、衛生と土着、共同体の親密さと非常さというのが渾然一体となって揺曳していた、近代化や管理化の徹底していない時代であった。動物を手厚く保護し幸福のうちに生かさねばならない、ことに犬猫は人間の友なのだから、という発想には大に同感だが、近頃の、(野良犬は言うにおよばず)一匹の不幸な猫とて作り出すな、閉じ込めて飼え、ちゃんと管理教育しろ、ペット動物には責任者がいるべき、ましてや坂東真砂子のごときは氏ね、という風潮がなんとも窮屈で息がつまる。「あか」のような犬がかつてはどの町にも一匹はいた。いちおう飼い主のいる犬でも平気でそのへんを歩いて適当に寝てたりした。ごはんはもちろんあちこちで貰うのである。健康的な生き方ではないし、事実昔の犬猫の寿命は今よりずっと短い。しかし、犬や猫が死んだときの悲しさは、それにまつわる思い出が胸をしめつけるからであり、ペット動物というのは共同体にとっての記憶装置なのだ。渋谷とくればハチ公だが、あれが鎖につながれて駅前をうろつくことができなかったら、あの街のイメージは今よりもっと貧しいものだったろう。それは人間のセンチメンタリズムだと言われればその通りだが、町の人みんなに愛され、しかも誰のものでもない「あか」のいた風景が懐かしい。三十一文字で、時代のイメージをくっきりと伝えてくれる秀歌だと思う。俺はあ、この歌は俺だけが選んだ歌だと思っていたらだなあ、百葉集で一席に盗られてもとい採られてしまった。こんなにたくさん歌があるのに、よりにもよって、なんでやねん!なんか知らんがとっても口惜しいぞ。

遺されし者らに幸を運ぶ死の確かにあるを確めたら泣け 保村たまき

 保村さんの歌には、いつもリアリティーがある。視点がいいのだ。ワンパターンなことしか詠えない歌人は彼女の歌を見習ったがいい。「老人は死んでください国のため」という川柳をよりによって福祉課の役人が詠んで大問題になったことはあるが、それを聞いた国民の大部分(よっぽどのお人好しか、逆に厭世観が突き抜けて向こう側に行ってしまった人以外)は「まったくその通りなんで問題になるかわからん」と感じたことであろう。それは言ってはならないことだと、同時に思いながら。この歌の「泣け」は死者を悼んで泣くという意味ではない。老人か病人か身障者かその全部かどうか知らないが、家族がその病の奴隷であったこと、不本意な生活を強いられてきたこと、そして、その悲しみが本当か嘘かに関係なく患者の死は双方への解放であること、その絶望そのものに誠実に浸れということである。心優しい人は病人の死を待ち望むことを自分に禁じるが、その看病と介護の日々がついに終わりを告げたとき、その人は誠実であればあるほど押し寄せてくる幸福感を拒絶できないだろう。すぐに泣いてみせるのはぺてん師である。おそらく周りが「こんなによくしてもらって、おじいちゃんも幸せよ」とかなんとか言う言葉も耳に入らず、時間が経ってから、人間という存在そのものへの絶望と愛おしさに泣くのである。「確か」という言葉をリフレインさせていることが秀逸。ありふれた綺麗事を詠うんじゃねえぞてめえら。

二人子が帰り来たりてこの家は重くなりたり廊下が軋む 鵜原咲子

 この歌も視点がいい。普通、実家に子供が帰ってくるとなると、嬉しいだ懐かしいだ可愛いだ、陳腐な言葉のオンパレードでうんざりするのだが、この歌のリアリズムは、それらの凡歌に冷水をぶっかけるものであう。たいていの人は、長く実家を離れていた子供たちがたまに帰ってきた、不在の間鳴らなかった廊下が子供がどたどた歩くせいできしんでいる、ああ、たまの一家勢揃いはいいものだ。そういう歌だと思うであろう。だが僕の解釈は全く逆である。この結句の重々しさからは、子供の帰郷に相好を崩している親馬鹿のイメージは浮んでこない。「二人子」とは、ひょっとして仲の悪い同士の兄弟姉妹かもしれない。子が自立し、やっと自分の生活ペースを取り戻した親のところに、どたどた歩く子供がたちが傍若無人にやってくる。その心の重さを詠ったものだと僕は解釈する。でなければ、下句の「重くなりたり廊下が軋む」というホラーな表現の意味がないではないか。僕の読みは間違っているかもしれないが、「子供たちが帰ってきてひさしぶりに家がうるさくてうれしい」というのが作歌意図だとしたらあまりにも凡歌である。その解釈に僕は反発する。

作りたる吾が稲荷ずし幼らは百個食べたきと言ひてくれたり 水口秋桜

 作者が作った稲荷ずしを、子供が「百個食べたいくらいおいしい」と言ってくれた、そういう単純な歌である。しかし、僕は一読して目頭が熱くなった。母親が作ってくれた料理を懐かしがる歌は多い。が、ここでは母親が、子供が自分の料理を喜んでくれたという記憶にすがっている。それが哀しいのだ。稲荷ずし、という品目がいい。そこから導きだされるのは運動会のイメージだ。運動会で稲荷ずしは、のり巻きと並ぶスーパースターである。子供時代の懐かしさが蘇る。百個という具体的かつ不可能な数字が、子供の無邪気さと幼さを表わしていて胸をうつ。作者のリアルがどうであるかは知るべくもないが、何らかの事情で子供と引き離された女性がたまさかに見せる悲しい母性のようなものを感じ、胸が熱くなるのだ。稲荷ずしという言葉がいい。これこそが、母と子のはかない絆なのである。子供の「百個食べたい」といった気持ちも痛いほどわかる。母親に気を遣って言っているのである。一見単純な歌だが、とても深い悲しみを感じる。短歌とは、こうでなくてはいけないと僕は思う。

 ところで、「塔」のみなさん。みなさんはリアル歌会やeメール歌会などにご熱心であられますが、自結社の他歌人の歌のなかから秀歌を発掘し、ネット上で批評するという行為にはまことに消極的であるように見受けられますが、いかがなもんでごぜえやしょうか?そんなに歌評がしたければ、結社誌を読めば秀歌がごろごろしてるではありませんか。「塔」にはブログやHPを持っている人もけっこういるが、かんじんの結社誌から秀歌をピックアップし評をするという行為にははなはだ不熱心なようである。歌会は歌会で楽しそうではあるが、そんな暇があるならどうしてと、結社誌出詠歌に対しての無感覚さに苛立ちを抑えかねている僕なのである。なぜなら、俺一人ではとうていこの短歌の山を処理しきれないからだ。伊波虎英氏は、ブログで「短歌人」の一首選をやっている。こういう行為の積み重ねが大事なのだ。
ニックネーム 茶トラのみんく at 23:12| Comment(2) | TrackBack(3) | 日記

2007年06月24日

813 「黒」シリーズと、韻律の持つ優しさ

 ウオッカは可哀想だった。だいたいダービーから三週めでこのレースに出すこと自体、結果を抜きにしても、ひどい。むさ苦しい中年男どもに囲まれ、大雨の中を走らされ、いい経験というよりも、彼女にとってダメージとなったのではないかと僕は心配する次第である。ウオッカ出走は、JRAの無言の圧力ゆえだろう。陣営は、ダービーでは褒められたが、今回は完全にミソをつけた。

      今日のMYビデオ
「黒の超特急」(昭和39年、大映、増村保造、原作・梶原季之、脚本・白坂依志夫+増村保造、音楽・山内正)田宮二郎、藤由紀子、加東大介、船越英二、石黒達也

 増村保造は、高度成長期における日本の、歪(ひず)みとも言える人間の業の厭らしさと凄まじさを強烈に罵倒し、かつ魅力的に描いた作家だ。その代表とも言えるのが、この大映「黒」シリーズである。「黒の試走車(テストカー)」では、スポーツカーをめぐる産業スパイの攻防を描き、この「黒の超特急」では、まさに時代の象徴とも言える新幹線公団の汚職と暗躍を描いている。岡山の一介の不動産屋である田宮二郎が、土地ころがしで富を得ようとする汚職議員の陰謀にひとり立ち向かう話である。と言えばカッコいいが、実は田宮演じる男からして、金欲しさに、つかんだ証拠をネタに議員や関係者に脅しをかけてまわるというどうしようもない野郎である。要するにこの映画は90分間延々と、脅しと恐喝と陰謀と恫喝の繰り返しで成り立っているのだ。これが実に面白い。人間の身も蓋もない欲望を露悪的かつ痛快に描くというピカレスクの魅力に満ちている。シェイクスピアの「リチャード三世」にも比肩しうるえぐさである。そして、女に騙されて、それをネタに恐喝される唯一の善人を演じるのはやっぱり船越英二なのである。
 増村は、このような人間の悪を容赦なく暴きたてつつ、その魅力に強く惹かれていたのではないだろうか。目的のためには手段を選ばない、「黒の試走車」の高松英郎、そしてこの作品の、とにかく金カネ金の加東大介が強烈な魅力を湛えているのは、芸術に関わるものとしての増村の、そこに一概に否定しえない人間の真実を見出し、描ききることへの使命感にも似たのがありはしなかったか。その作家性ゆえに、両「黒」シリーズ映画において、田宮二郎が良心の声に最後は従うという展開が、弱く感じられるのである。しかし、当時のプログラムピクチャーとしては仕方のないところだったろう。
 ふゆのゆふさんから、「日本沈没」を学校映画で観せられてトラウマを負ったというコメントをいただいたことがある。しかし、「日本沈没」くらいでは甘いのである。今の20代30代の人が日本映画の旧作、例を挙げれば、陸軍内務班の私刑と乱脈さを描いた山本薩夫の「真空地帯」や、日本の重層的差別構造を描いた熊井啓の「地の群れ」を見たらどれだけのトラウマを負うであろうか。とくに後者は、タイトルバックからして、飢えたネズミの群れが生きたニワトリに遅いかかり食い殺すというシーンを延々と映し、それにクレジットをかぶせている。ニワトリは言語を絶する苦痛のなかで無数のネズミたちに食いちぎられ、惨死するのだ。熊井が、「これが差別の構造なのだ」と言いたいということはわかるがこれはやりすぎだと思う。いわゆる社会派、左巻き人権派であるはずの監督のほうがやることがめちゃくちゃであり、浦山桐郎の「非行少女」においては、ニワトリ小屋に火をつけ、あまたのニワトリどもをリアル焼き殺すのである。しりに火のついたニワトリが絶叫しつつ走り回り、絶命してばたっと倒れ、そしてまだ火が燃えている。彼らは、みずからの主張をこめた映像を作り出すためなら、動物の生命なんぞただの材料だくらいにしか思っていない。だから、正義漢というのは始末に負えないのだ。しかし、たしかにそれだけに作品はよかった。それにしてもねえ〜。現在の若者が、過去の邦画の社会派作品を見たら、小林よしのりあたりがかます日本人礼賛などに、とうてい同調はできないはずである。過去にまったく学ばないからあんな軽薄なアジテーションに騙されるのだ。ふゆのさん、「日本沈没」では甘いですよ。日本映画のリアリズムというのは凄い。今は観る機会もないが、若者に観せれば、確実にトラウマとなることでしょう。
 まあ、日常いろいろあるけど、短歌を知ったのはいいことだった。こういう、人間の嫌らしさとか、社会のひずみの悲しさとかを感じたときほど、短歌を読んでほっとする。短歌とは、現実のプラグマティズムに疲弊した心を癒す韻律なのではなかろうか。
ニックネーム 茶トラのみんく at 23:28| Comment(1) | TrackBack(3) | 日記

当たらん追記6・24

 宝塚記念、面白いことになってきた。情報では、もう朝からじゃんじゃん降っているらしい。相当の重馬場、あるいは不良が予想される。ここは思い切って攻めの競馬をやろうかな、と考える。14番シャドウゲイトだ。中山金杯の同じく大雨の日、1・2秒差で堂々一着をきめたあのレースが忘れられない。この馬には水かきがついている。ただ、1ハロン長い2200というのがネックだが、思い切って勝負も妙か。紐も、コスモバルクローエングリンまで買って。的中すれば大馬券になる。ウオッカにとっては苦しいなあ。同じく怖いのはポップロックと、牝は牝でもカワカミプリンセス。この3頭はこの雨で急浮上である。三角買いしますよ。
ニックネーム 茶トラのみんく at 11:05| Comment(0) | TrackBack(3) | 日記

812 急遽参戦!宝塚記念前日予想

 今日は、記事の内容を急遽変更する。やめようと思っていたが、テレビの土曜競馬中継を見て、あまりにも好メンバーなので矢も楯もたまらず、宝塚記念に参戦することにする。いいメンバーがそろった。まさに、野球は駄目になったが、競馬は夏のオールスターといった趣である。大変難しいレース。しかも、明日大阪は、午後の降水確率70%。それを頭に入れて予想する。
 レースはハイペース必至。しかも雨が降る。これはどう見ても、瞬発力勝負にはならず、力の競馬になるのではないか。ウオッカ、中3週で出るとは可哀想。目に見えない疲れが彼女にはあるだろう。しかも雨が降るとなれば、彼女にとってきつい競馬になると思う。ダイワメジャーも有力だが、1ハロン延長がやはり気になる。アドマイヤムーンは、雨はNGだろう。雨ということで浮上するのは、カワカミプリンセス、ポップロック、シャドーゲイト、インティライミ。僕が軸馬と考えているのは、17番メイショウサムソンだ。力の競馬となればこの馬だろう。ハイペースは予想されるが、雨で少しは落ち着くかもしれない。となれば、この馬の粘着力に僕は期待したい。かなり本格化していると思う。この馬は、クビ、ハナ差のまさに激戦で勝つ馬だ。明日のレースはまさにそういう大接戦必至である。となれば、どうしてもメイショウなのだ。もちろんこれは、降水量にもよる。それほど降らないのであれば、僕はダイワメジャーを重視する。阪神の内回り2200、しかもハイペースとくれば、この馬にとっては絶好だろう。とにかく雨だ。雨がどれだけ降るかだ。かなり降ると仮定しての前日予想。
 馬連本線、5−17、11−17。準本線、2−17。以下、1−17、6−17、7−17、8−17。いずれにせよ、明日どれだけの雨が降るかである。大して降らないのであれば、もう一回この予想をチャラにして組み立て直さざるを得ない。まあ多分、「やらなきゃよかった………」という結果になるであろうが、そのときにはまた短歌に打ち込みゃあいいのだ。競馬に負ければ負けるほど、短歌にのめりこむ。これは決して悪いことではない。心情的にはウオッカを応援したいけどね。
ニックネーム 茶トラのみんく at 00:25| Comment(0) | TrackBack(3) | 日記

2007年06月22日

811 赤丸歌数新記録!「塔」6月号、陽の当たらない名歌選

 僕は、赤丸チェックをし、その中でピックアップする歌を選び、それが決まった最後に、「百葉集」を読むようにしている。びっくりたまげた。何千首となくある中で、河野選の第一席と僕のそれとが一致したのだ。なんでやねん。僕は、選者と選が一致することをあまり好まない。なぜなら、僕だけが選ぶ歌を選んでこその「陽のあたらない名歌選」だからだ。本当にまいった。「わけいってもわけいっても青い山」ではないが、「めくってもめくっても歌の山」というほどの「塔」の掲載歌は増え続けている。ただ、どれだけ増えてもそういう理由ではこの名歌選はやめない。なぜなら、名歌選をすることはすでに私の習慣となっているからである。ものごとをやり続けるうえで、習慣にするほど確かなことはない。シェイクスピアも言っている、「習慣を壊すことはすべてを壊すことです」(「シンベリン」より)。もちろくんそれだけでなく、名歌選の読者数が多いことも、励みとなっていることも正直に告白しておこう。
 今月の赤丸歌、花山欄作品1、257首。栗木欄165首。真中欄163首。吉川欄165首。澤辺欄207首。池本欄若葉集、95首。計、1052首。この赤丸歌数は、ししししし新記録である。

      「塔」六月号「陽の当たらない名歌選」

捕獲さるる度に誰かが引取りて四丁目にゐた「あか」といふ犬 酒井久美子
遺されし者らに幸を運ぶ死の確かにあるを確めたら泣け 保村たまき
二人子が帰り来たりてこの家は重くなりたり廊下が軋む 鵜原咲子

麦わらのストローのさきのしゃぼん玉ぼんやり重きこどもの時間 出 奈津子
恋をする心のかたち忘れたりふくらみたりしかえぐれたりしか しん子
そば屋にてそばを食いおり息子の嫁と嫁の母との前に座りて 竹之内重信
蓮華寺の森に見えない空があり疾風ゆくたび音がおりくる 林 芳子
沖つ波白煙上げて寄せてくる貧しき村を富まさぬやうに 廣 鶴雄
分度器に五円玉下げ朝方まで星にかざして耳を澄ませり 昔 村山悠子
店員を叱り続ける客のあり海の幸のスープを飲みながら聞く 松村正直
梅の咲くした車椅子の老人(おいびと)はまがれる口に紅さしてをり 梅田啓子
白菜を一枚一枚剥いでゆく手抜きを許さぬドラマのように 秋津 霧
次つぎとチャンネル変える夫といる居間の湿度は七十度越え 近藤桂子
年齢差父ほどの兄が長持唄眼を閉ぢうたひきわが婚の日を 立川目陽子
道祖神拐わかされて村のみち春の日のなかあそぶ子いない 村瀬美代子
雨戸閉ずその隙間にぞ我は見しむかし投げたる乳歯の咲くを 小林敦子
むかしむかしヒューズが切れた暗闇にたのもしかった父のあの声 潮見克子
やさしい子だったと今も母は言う子を生まぬころのわたしを 川野久子
教室の窓より光る森見えて行けども行けどもその森はなし 乙部真実
アルバイト求人票の一隅に漢族女性限定とあり 加藤ちひろ
若き日に誰かの未来にいたはずの吾なおひとりゴドーを待ちおり 田崎瑠実子
作りたる吾が稲荷ずし幼らは百個食べたきと言ひてくれたり 水口秋桜
彼の日々の子らの体重恋うるべし草の中なる古きブランコ 吉田節子
水槽のめだかの生死確かめん大きく写るわが顔が邪魔 金原華恵子
ヒマラヤの雪塩入れては入浴の姉が今凝る珈琲浣腸 倉谷節子
情緒的な咳をするねえ 雪がふる温泉宿でいつか言いたい 徳重龍弥
カーナビに「岡山県に入ります」告げられて越す辰巳峠を 大川直子
ゆきやなぎに揺るる街角 歩くとき手をつながせた恋はなかつた 朝井さとる
幼かりし写真のわれと向かい合い夢破れしと謝りにけり 飯村みすず
老女なる役も似合ひていしだあゆみあはれ今でも眼大きく 鈴木俊春

 毎度言っているが、今月はとくに、映像的に優れた短歌が多く、まさに秀歌揃いであった。読者は、読みとばすことなしに、私の選んだこの歌たちを一首一首じっくり鑑賞して欲しい。私の選んだ三十首をつまらんと言うやつがいれば、そいつには歌を読む能力がないとはっきり断言する。それにしてもだ、繰り返すが、なんで何千首もある中で、私のベスト3中の2首が百葉集と一致するのだ。私は本当に口惜しい。私が選ぶ歌は、まさに私だけが選ぶ歌であるからこそ価値があるのだ。なんだか、とっておいたお菓子を人に先に食われてしまったような気分なのである。
 なお、一首選では取り上げづらかったが、連作として優れた作品も多かった。これも、いずれ当日記にアップしたいものだと思う。
ニックネーム 茶トラのみんく at 22:55| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記

810 なみの亜子に問う

昨日触れた問題はゆるがせにできないことなので、さらに補足したい。「塔」6月号なみの亜子「短歌時評」を、僕は大辻氏が誤読して馬鹿げた意味にとったと思い、フォローするようなことを昨日書いたが、よく読み返してみたら、彼女もまた同罪である。以下引用。

>短歌の状況は、インターネットのブログや掲示板によって大きく変わった。厳密には批評と言えないまでも、ネット上にはある事柄に関する個人の感想や意見が日々更新され、それに読者からの異論反論が寄せられる。場を盛らせるには、過激な意見、話題のまめな更新が有効だ。そのようなネット上の井戸端会議が、いくつもの話題をリアルタイムで消費していく。

 引用終わり。ふざけた文章だ。なみの氏は、本当に、ネットに頻繁にアクセスし、短歌のページやブログをのぞいたうえでこんなことを言っているのだろうか。まず、松村正直―佐佐木幸綱論争についてだけ言えば、僕はこのふたりの名前を前後を変えたりキーワードを追加したり手を変え品を変え検索してみたが、「わー佐佐木さんったらいばってるう」以上の感想の域を越えた有益な批評などまったく発見できなかった。あの悪名高い2ちゃんねるの「タンカ侍でござる!」ですらほとんど話題になっていない。まともに取り上げたのは当安儀素日記と青磁社の週刊時評だけである。なみのさん、「そのようなネット上の井戸端会議が、いくつもの話題をリアルタイムで消費していく」?いいかげんなことを言うものではない。ネット上の井戸端会議?そんな面白いものがあったら俺はぜひ読みたいし参加する。またなみの氏は、「場を盛らせるには、過激な意見、話題のまめな更新が有効だ」とも書いているが、ひょっとして俺に対する嫌味ですか?もしそうなら、ちゃんと、「黒田英雄という馬鹿がいて安儀素日記でひとり井戸端会議で害毒をまきちらしている」と固有名詞つきで批判してくれるべきだろう。
 俺の被害妄想だとは言わせない。なぜなら、当ブログは、月間6000人前後の読者がいるのだ。短歌をやっている人でネットをやっている人のほとんどがこの日記の読者であると僕は受け止めている。数は正直だ。よって、なみの氏の言う、さもネット短歌の世界の影響で歌壇の批評の状況が変わったというのは、間違いないしは、わざとの婉曲表現であり、本当は、
「おれのブログのことを言っているのだ」。
 違うというなら、いったいなみの氏や大辻氏はどこのどなたのブログやホームページをもって、インターネットが批評の状況を変えたとおっしゃっているのであるか。そんなサイトがあったらちゃんとアドレスをはりつけるなり、タイトルを記すなりすべきだろう。少なくとも、俺がブログを始めて二年以上たつが、そんな、短歌を発表されるはじから消費してくださるようなサイトなんて見たことがない。俺の検索能力不足だというならぜひぜひぜひぜひ、教えていただきたい。
 念を押して訊きますが、なみのさん、この時評は俺に対する嫌味ですか?過剰な意見、話題のまめな更新が有効?自慢じゃないが、それに当てはまるのは不肖俺のこのブログしかないぞ。そうでないというならいったいどこのブログですか。教えていただきたい。俺を批判したいならちゃんと固有名詞を挙げて批判していただきたい。違うというなら、その批判対象であるサイトを教えていただきたい。ぜひ私も読みたいものだ。要するにこの二人は、ちゃんと「短歌」をキーワードに検索をかけたこともないくせに、インターネットに対する漠然としたイメージだけでものを言っているのだ。何度も何度も言うが、ネット上に、歌壇に対するまともな意見など全くと言っていいほどない。それをしているのは、当安儀素日記と青磁社週刊時評だけと断言していい。よって、ネットにおけるリアルタイムな歌評というものへの批判は、すなわち私への批判だと受け取らざるを得ない。反論があればぜひお願いしたい。本気で待っておりますので。
 若手の歌評は、僕のイメージではいまいち線が細い。それなりに理屈は並べているが、ちょっとでも突っ込まれたらすぐに泣きべそをかきそうな連中だ。その中で、僕は吉川宏志氏に期待する。彼は、一見飄々としているが、かなり根性のすわった歌人であると僕は見ている。鼻っ柱も、相当強そうだ。文章もいい。
 短歌は、詠み手より、読み手、あるいは(批評の)書き手が若手には欠乏していると、僕は危機感を持っている次第である。
 ああ、気分が悪い。
ニックネーム 茶トラのみんく at 00:16| Comment(5) | TrackBack(3) | 日記

2007年06月20日

809 大辻隆弘「ブログ化する短歌時評」への猛反論

 今日は、18日にアップする予定で延期した「塔」名歌選をやる予定であったが、またまた延期の仕儀とはなった。またしてもリアルタイムで、書かずにおれないネタが見つかったからである。
 青磁社ホームページ「週刊短歌時評」における、大辻隆弘氏の文章に反論したく思ったのである。
http://www3.osk.3web.ne.jp/~seijisya/jihyou/jihyou_070618.html
 まず大辻氏に一言言いたい。短歌ブログが繁栄してるみたいなことをおっしゃるが、いったいどこがですか?僕はあちこちけっこう貪欲に、歌人のホームページやブログをあさっているが、その経験をふまえて言えば、藤原龍一郎、伊波虎英、そしてこの青磁社のページ、それと不肖わたくしの安儀素日記、これらを除いて、短歌シーンに突っ込んで批評を書き、リアルタイムで歌をとりあげているページなど見たことがない。たいていは、てめえの自閉的な、「批判しないで」と言わんばかりの日記を書いてるか、他人の歌を引用して一行の感想(あればいいほうだ)を書いてるだけの、読み物として耐えないものばかりである。まず、この厳然たる事実を前提として、以下の意見を述べたい。
 そもそも、もしそのような事態になれば私は欣喜雀躍するのだが、「短歌が生まれるはしから消費される」などという夢のような状況がいったいどこにあるのであるか。歌集の批評はどれだけ洛陽の紙価を(高めないけど)高める書であっても、批評が出るのはよくて三か月後、自分が気に入った歌集があって早く批評が出ないかと思って待ってればやっと半年後、というのが現実である。よろしいか。かつて和泉式部がスキャンダラスかつ濡れ濡れでずっこんばっこん(先日から下品で申し訳ない)な歌を詠んだとき、それはたちまち宮廷中に知れわたり、翌日には都の津々浦々、穴のなかのねずみですら知っている作品となったであろう。シェイクスピアだって初演のつぎの日には大学生が引用して悦にいってたという話まである。およそ人に見られてなんぼの文学、芸能だったらそれが当たり前であり、むしろ結社誌、総合誌、歌集が出た翌日にはもう評が大々的にアップされる、というブロードウエイの劇評のごとき状況こそがあってしかるべきだろう。それのどこが憂慮すべきことなのか。じっくり時間をかけたらよりすぐれた評が育つとでもいうのか。アホぬかせ。僕は名歌選、秀歌選をするときまったくの一瞥でもってそれを決めるが、真にいい歌はそのあと何年も鑑賞にたえぬくし、これが芝居や映画であればそれが当然の話だ。どうして短歌には発表されたほやほやの状態での評論はよくないなどと言えるのか。時間をおけばいいってもんではない。歌集だって、出てすぐ評判になったほうがいいに決まっておるではないか。だいたい上にも書いたが、リアルタイムでの短歌消費状況なんぞ待ち望まれこそすれ、現実にはそんなもんどこにもない。いったい大辻氏は歌壇のどの辺を見てそう言っているのであるか。なみの亜子氏が、時評にむなしさを感じると言ったのは掲載の遅さに対してであって、決してネット短歌の世界の拙速さを嘆いたものではない。なぜなら、拙速さなんぞあってほしいがどこにもないからだ。
 また、米口實氏が、松村正直からの佐佐木幸綱への反論を、「単なる感想に過ぎない」と述べたことにもふれられていたが、端的に言って、あほかお前ら。あの限られた時評のスペースで、自分の感情に基づいたビビッドな感想を述べずして、読者にいったいなにを読ませろというのか。そしてそれに、佐佐木は逆上して反論した。角川「短歌」は、この論争に油をぶっかけるべきであった。松村に、時評の2ページではなく、もっとたっぷりとしたスペースを与えて再反論させるべきだった。米口氏に言いたいが、大論争というのは、常に、個人的感想から火がつくのである。個人的感想も言えず、歌壇的に穏健な、どこからも文句の出ない文章を書く、それが文学的行為といえるだろうか。断じて違う。僕が総合誌を批判するポイントでもあるが、角川「短歌」もこの点においてヘタレである。松村・佐々木論争をもっと敷衍してほしかった。歌壇の問題点というのがもろに浮き彫りな、世にも面白い論争になったことと思う。僕は、総合誌への批判の手は緩めない。また、違った形で述べたいと思う。
 大辻氏の今回の時評は僕には理解不能である。なぜ、三ヶ月後に書く歌評は、即日のそれより練れているなどと言えるのか。そんなこと言うなら、あなたがたが後生大事にしている「歌会」なんてまったく意味がないことになるではないか。歌会のほとんどは、その場で初見してその場でコメントを述べるものである。大辻氏の理論とはまったく異なるではないか。片端から詠みかつ読んで消費したりされたりするのがあたりまえのジャンルにおいて、リアルタイム感想を嘆くなんぞは全く筋違いである。僕は、歌会におけるその拙速さをこそ逆に批判したい。大辻氏は、歌会というシステムをも批判しているのだろうか?そうではあるまい。筋が通らない。反論があればぜひうかがいたい。
 僕が「塔」「短歌人」の名歌選、秀歌選をやっているのは、短歌はなによりも鮮度だと思うからである。これがネットの持つ強みでろう。そして、大辻氏の慨嘆とはまったく裏腹に、おおかたの短歌ブログは死んでいると言っていい。なにが盛況だ。どこ見て言ってんだ。笑わせるな。
ニックネーム 茶トラのみんく at 22:56| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記

2007年06月18日

808 総合誌?存在の耐えがたい軽さ。

 短歌総合誌批判第三弾である。正直僕には、短歌総合誌の存在意義というのがどこにあるのかさっぱりわからない。今のような総合誌でしかないのなら、結社誌だけの時代に戻したほうがよほど有益である。その創刊期において短歌総合誌は、てんでんばらばらな結社の親方日の丸なひとりよがりを相対化し大きな視点を与え、また前衛短歌に光を当て、ラディカルな新人を発掘し、歌人たちに世間の広さを教えるとともに敗戦と第二芸術論でへこんでいた気持ちを鼓舞する役割があっただろうと思う。短歌研究の名編集長中井英夫、あるいは角川短歌における富士田元彦の、短歌雑誌史における存在意義の大きさは計り知れない。これらの編集者は自分の目で歌人を貪欲に探し、発見し、誰がなんと言おうとこれと思ったものを私生活を投げうってまでもプッシュしたのである。しかるにだ。イマノ短歌雑誌ノヘンシューシャドモノテイタラクト言ッタラドウダ。たぶん、結社が推薦する歌人、大先生のおぼえめでたき子飼いの作品をそのまんま無批判に載っけてるだけで、自分の眼力をもって新人を発掘しようなんて気概はまったく見られない。「短歌研究」なんぞは、新人特集をするんでもその前の賞の最終候補になった連中にありがたくもスペースを与えてくださり、新人と認めて差し上げると言わんばかりの傲慢さである。お前らな、賞に残ったかどうかじゃなく、送られてくる結社誌を穴のあくほど読んで、独断でこれはと思った無名歌人をピックアップしてみやがれ。ほぼ二誌しか読んでいない僕から見ても、それに価する在野の歌人はいくらでもいる。
 そして、今の編集者たちのやる企画というのは、「秀歌のポイント」とか、「春の歌」とか、「鑑賞のポイント」とかハウツーセックス(もとい)、ハウツー短歌ものばかり。そして、すでに盛りを過ぎた歌人の特集である。お前らもう消えろ。総合誌に存在意義があるとしたら、超党的な視点に立って、ともすれば身内意識で固まりやすい結社の体質につねに冷水と熱湯をぶっかけ、危機意識を持たせ、ありていに言えば怒らせ続け、まったりとしてんじゃねえぞこの野郎な刺激を与え続けること、それ以外にないではないか。結社による賞の持ち回りのあっせん業者じゃねえだろうやり手ばばあじゃあるまいし。
 青磁社主催による「社会詠シンポジウム」は盛況だったという。小高賢、大辻隆弘、吉川宏志の鼎談であり司会は松村正直。総合誌の存在意義はアクチュアリティであるはずなのに、このことを全く取り上げることなく、相変わらず秀歌のポイントだなんだと、死体の解剖みたいな記事をメインに据えて澄ましている。どうして、このように重大な短歌上の事件が総合誌で取り上げられないのか。想像するに、ある出版社のHPをきっかけに始まった事件を特集したりしたが最後、カヤの外にいた大多数の大手の結社からあからさまにあるいはそれとなく、抗議やイヤミや批判が来るのであろう。それは誤解だというならちゃんと反論してみろこの野郎。佐々木幸綱は、歌壇の自由のためにかつて戦ったとのたまわっているが、その結果生じたのが、均質化が進み、突出を嫌い、同調圧力にひしがれた、だらしのない、はねっ返りを嫌う歌壇の状況である。佐々木先生、反論お待ちしております。とにかく、いまのような誌面であり続けるなら短歌総合誌などもはやとっくに役割を終えている。むしろ害毒であるからして、とっとと消えていただきたい。なんだったら代表的な四誌すべて廃刊になっても僕は痛くもかゆくもないし、歌壇にとってもそうだろう。いや、そのほうがいいかもしれない。新人賞がなくなるのはよくないという向きはいるだろうがそれもいらない。と言いたいが、それを一年生きるよすがにしている歌人もいるであろうから、仏心でそれだけは意義があるといちおう言っておいてやる。その他に短歌総合誌の存在意義はない。こう言われてくやしかったら、短歌雑誌編集者は、たとえば僕が有友紗也香、田中雅子をピックアップしたように、各結社誌を穴のあくほど読んで独自に新人を発掘してみさらせ。いくら挑発しても馬の耳に念仏だろうが。
 当ブログ6000人読者に告ぐ。今のままなら、短歌の総合誌なんぞ読まなくてよろしい。それくらいなら、結社誌を読みなさい。実際僕は、総合誌よりも自分に送られてくる結社誌を読むほうがよほどためになるし面白いのだ。俺がいまだにいかっているのは、斉藤斎藤「渡辺のわたし」を総合誌が黙殺に近いほど完無視をしたことだ。この歌集こそ、賛否両論毀誉褒貶の雨あられの大特集を組むべきだったと思う。こういう注目歌集を黙殺する歌壇に未来はなく、若手が入ってこないのも当たり前の話である。お前ら、営業努力もせんといて嘆いてばっかりではないか。総合誌を含め、歌壇などというのは糞たれの集まりである。
ニックネーム 茶トラのみんく at 23:06| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

807 横時雨〜総合誌の怠慢〜

 ビデオマニアなるおかたからコメントを頂戴した。そうですか、古典では「横時雨」というのですか。いい言葉だなあ。無知のなせる技とはいえ、私の歌には古典和歌に通底する、いや読みかえすにつけ、古典和歌を現代に蘇らせる秀歌であると惚れ惚れする次第である。愉快だ。

京の雨横ざまに腰濡らしてた面影すらも忘れたひとの 黒田英雄

 31年前の光景。あの時、本当に雨が横から降りつけて僕は吃驚した。そのことだけは鮮明に覚えているが、あれだけずっこんばっこんした相手の顔はよく思い出せない。だから俺は、相聞歌はもう作れないというのだ。

 昨日の続き。総合誌を、もっと面白くできないものか。「いい歌の作りかた」とか「春の歌」とか「歌人研究」とか、それはそれでいい。ただ、そんな記事ばかりメインに持ってくるなよ。昔のキネマ旬報も、たしかに黒澤や小津や成瀬の研究など、作家をとりあげた記事が多くあり、有意義だった。しかしあくまでそれはサブであり、それはとどのつまり、過去の研究であり、死体を解剖するのと一緒である。メインの記事は今生きているぴちぴちの映画人や、公開まぢかの映画のことである。しかるに短歌の総合誌はなんであるか。過去の名作と言われる作品ばっかり取り上げやがって、今現在活動している若手のことをまるでクローズアップしない。おかげで僕は、世にどのような有為な若手がいるのか、「塔」「短歌人」、それと時々読む「未来」「心の花」以外には全くわからない。それ以外の結社にもいい若手はたくさんいるはずだ。それを知る機会を、総合誌が提供してくれないのが俺は悔しいのだ。
 いいか、若手をピックアップしないジャンルに未来はないと断言する。総合誌がどういう基準で歌人を選び、その歌を載せているのか、俺にはその価値基準がまったくわからない。単純に、結社が推薦する歌人に原稿を依頼しているのだろうか。だとすればこいつらは勉強を怠っている。どうせたくさん結社誌が送られて来るんだろう?その中から編集部の連中は、自分でいいと思う新人を探して、脚光を当てるべく努力すべきである。結社が推してくる優等生(中には歌よりもごますりの上手いやつもいるだろう)ばかりへいへいと載せていてどうする。実際、大半の歌はどうしようもなくつまらんのだ。それだったら、総合誌より結社誌を読んでいたほうがよほど面白い。
 いいですか。いい歌人というのは、まず自分で見つけるものなのである。一流の先生が推しているからいい歌人だろうなどと、本当に思えるのか諸君は。「先生はああ言うし総合誌にも載ってるけどつまんねえなあこいつの歌」と思われてる奴がいっぱいいるはずだ。それが証拠に、この6年間の総合誌主催の新人賞受賞作品を読んでみろ。強烈な大物、と言えるのは小島なおただ一人である。小島といえば、第一歌集に出ると2ちゃんねるに書いてあったが本当だろうか。買う買う買うすぐ買う即買う。そしていち早く私のブログで取り上げようと思う。
 総合誌は、もっとよい意味で娯楽化すべきである。それには、面白いエッセイをどんどん載せるべきだ。いや、それなりに読みごたえのあるエッセイも載ってはいるが、しょせんはインテリの書く文章であり、いまいち弾けたところや狂ったところがなく、どこまで行っても優等生である。俺に書かせろというのだ。滅茶苦茶面白い短歌エッセイを書いてやるぜ。ギャラは、大負けして5000円でいい(邦画ビデオの基準価格だからである)。これはマジで言いたいが、俺を総合誌に書かせるくらいになって初めて、短歌雑誌は売れるものとなるだろう。 つづく。
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2007年06月16日

806 愛に不器用、そして歌壇は老害

 宙さんから、またまた有友紗也香さんのことに関してコメントをいただいた。この話題には、つい反応してしまう。宙さんは、有友さんに作家の岩井志麻子氏のイメージを抱いているそうだが、僕は全然違う。大映映画時代の、関根恵子(現・高橋恵子)を有友さんの歌から思い浮かべる。関根はいつも、愚直なまでに愛に潔癖で、そしてまさに、へたに冗談も言えないような直情的な純粋なヒロインを演じていた。代表作は増村保造監督の「遊び」(1971年)。どうしようもない家庭環境から逃れ出るため、ちんぴらやくざに引っ掛けられたふりをしながら、最後にはそのやくざをリードし、愛をはぐくみ、男を死へといざなうという、「運命の女」を素で演じていた。有友短歌の作中主体にも、このヒロインに通じる、かたくなで不器用で、それだけに死に至る陶酔を秘めた愛を強く感じる。まさに、関根恵子の映画の世界だと思った。よって勝手に、彼女に対して、関根恵子に似てるんじゃないかなと思ってるがいい迷惑かもしれない。僕は、70年代以降に生まれた、つまり僕より三世代下の歌人たちに注目している。同世代とちょっと下の、ニューウエーブ短歌世代はもう最悪だが、それより若い人たちの歌に、彼らなりの真摯な言葉でもって時代と見つめあっていこうという意識を感じることがある。
 歌壇にもの申したいが、もうちょっと若手歌人の歌集をピックアップしてはくれないか。その気も熱意もないがに見えるが。ただ、歌壇の高齢化を嘆くのみで若手を育成するめのなんの努力もしていない。若者を呼びこむためには、有望な若手歌人をピックアップし、総合誌や結社誌で特集し注目を集めさせるくらいの営業努力が必要だろうが、てめえら。じじばばの歌集ばっかり取り上げやがって、読んでいてうんざりだ。それに、時たま若手歌人の歌集をピックアップした文章もあるが、出版社名を併記しているものがあまりにも少ない。だから、「ちょっと読んでみようかな」と思ってもつい忘れてしまうのである。出版社名が明記されていれば、その場に注文することもできるのだが、あとで調べようなんて思ってたら氾濫する短歌記事の洪水のなかにすぐ埋没してしまう。およそ、書名を挙げたらそのあとに出版社名を記す、これは出版に関わるものの常識である。タダで送ってもらってるもんだから、ありがたみがなくてそういう常識もわからんのだろう。この礼儀知らずの馬鹿どもが。俺に言わせりゃな、歌壇はみづから招いた事態にうろたえているだけで、解決するための努力をまったくしていない。書名を書いたら、出版社名を書く、そんな常識すらなくて、現状を嘆いたってむなしいだけである。要するに執筆者=歌壇の有名人たちは傲慢なのである。
 去年、角川短歌新人賞で次点まで争った柴田文佳「百本の棘」は、今もときどき読み返すが、そのたびにわたしの琴線にばしばし触れまくるいい連作である。彼女のように、真摯にみずからの傷と向き合う言葉をもった若手歌人は、実はたくさんいるはずだ。断片的には、そうした歌人の歌を散見することもできるのだが、出版社がわからないので読むはしから忘れてしまう。歌壇というのはそうとう頭が悪いらしく、何度も言わなければわからないだろうから何度も言うが、歌壇の高齢化を嘆くまえに、真摯な言葉で自己の私性を詠う、伝統的でありながらも同時に最前線にいる若手歌人を発掘し、ピックアップし、クローズアップし、特集し論争し歌壇を震撼させる、そうしたロビー活動をなぜしないのか。いつまでたっても、投稿→結社入会→修業→師匠肝いりの出版→ようやく歌壇の下っ端、というようなゆるーいエスカレーター的な「歌人の誕生」の図式を思い描いているのであろうが、あまりといえばあまりに古い思考回路ではなかろうか(なにせ、「最近はそういう手続きを踏まない人がいる」というのが話題になるくらい古いのである)。師弟関係などというのは、はっきり言って、すでに前世紀の遺物でありクソである。とくに「短歌研究」など、新人賞の応募用紙に「師系」を書く欄がある。なんじゃそりゃ。この雑誌はもう駄目である。応募用紙もそうだが、誌面全体を変革しない限り、買うだけ無駄だとこの日記の読者6千人に対して僕は明言しよう。
 とにかくな、歌壇よ、若手をピックアップするという努力をしない限り、それは文学のジャンルとは言えず、形骸化した伝統芸にすぎない。ジジババの歌や歌集をメインの記事にするな!そんなもんあくまでサブでよろしい。有能な若手を見つけ、プッシュし、守り立てて行こうとする気概が、総合誌には皆無である。このような体たらくでどうして短歌という文学が活性化するというのであろうか。俺のようなど素人を感心させることなしに、どうして一般の読者を引き込むことができるというのか。俺に歌壇時評を書かせるくらいの度量を歌壇は持つべきである。読者がひくひく喜ぶような滅茶苦茶を書いてさしあげよう。それを許したときが、歌壇のルネッサンスであり、短歌人口は格段の増加を示すであろう。
        つづく。
ニックネーム 茶トラのみんく at 22:36| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記

2007年06月14日

805 京都の雨〜ダニー飯田とパラダイスキング

 松木秀さんの某日記より、僕の歌への鋭い指摘をちょうだいした。次の歌である。

 堕ちてゆく恐怖を思ふ上を向き歩かうと唄ひし坂本九の 黒田英雄

 松木氏が問題にするのは三句と四句である。つまり、「上を向き歩かう」ではなく、歌詞の通り「上を向いて歩かう」とすべきだというのである。歌詞は固有名詞だから、というのがその理由として挙げられている。実は僕も、作るときにこの三句と四句には悩んだ。六・九という凄い字余りになるのを怖れたのだ。しかしこれは松木氏の指摘が正しい。しがって次のように改作する。

堕ちてゆく恐怖を思ふ♪上を向いて歩こう♪と唄ひし坂本九の

 歌詞も、旧かなに直さずにそのまま詠ったほうがいい。松木氏には感謝いたします。この歌は歌集に載せます。
 僕は、坂本九が好きだった。昭和35年、36年ごろのテレビは、坂本九、ジェリー藤尾、森山加代子、ダニー飯田とパラダイスキングの「ヤマセプロ」のタレントたちがメインを張っていた。ところがいつの間にか、クレージーキャッツとザ・ピーナッツの「ワタナベプロ」に駆逐されてしまった。僕にとっての、バラエティ番組の原体験はダニー飯田とパラダイスキングである。一世を風靡したようなタレントよりも、ついにビッグになることなく消えていった人たちに、僕はいつもシンパシーを感じる。僕の第一歌集のタイトルとして予定している「安儀素(アンギラス)」にも、その嗜好が反映されている。

 昨日一昨日ととりあげた歌を推敲する。

 縦にあらず横に降りつけ濡らしくる京都の霧雨(あめ)の淫らなるかな

 これをこう変えた。

 京の雨横ざまに腰濡らしてた面影すらも忘れたひとの

 どっちがいいだろうか。まだ推敲の余地があるな。

 ところで、京都の雨が横から降るという証拠の一つを、木下恵介監督「女の園」(昭和29年)の中に見つけた。文学部の女性教授が語っているこんな台詞だ(女優の名前は不明)。「京都は、地勢の関係か、気象の関係かは知りませんが、春雨は上から下に降るのではなく、右から左へ、左から右へ、さーっと降るので、月形龍之介ではありませんが、『春雨じゃ濡れてゆこう』と申しましたのも不思議ではありません。京都では春雨に傘は必要ないのです」。この台詞を見つけ、僕は欣喜雀躍した。この歌は、三十年以上も前の経験から作ったものだが、京都の雨は、確かに横から降ったのだ。この発見は、短歌うん百年という歴史のなかでも俺だけではないのか。少なくとも近代以降の短歌では読んだことがない。もし作例があるのをご存じのかたがあれば教えていただきたい。京都は、山科の人と別れて以来三十年以上訪れていない。映画「偽れる盛装」を見たこともあり、またぶらっと行ってみようかと思う。諸君、旧作邦画を見たまえ。僕が戦後短歌にいまいち興味が持てないのは、旧作邦画の香りがまったくせず、要するに洋画かぶれとしか思えないからだ。端的に言って、短歌という詩形で、ヨーロッパの文物など歌う必要はないと僕は思っている。ましてや、外国旅行を詠ったものなどまったく興味が持てない。旅をすべきは、そして詠うべきはひたすらに日本。それが、短歌という韻律の使命であると僕は信じている。
ニックネーム 茶トラのみんく at 22:23| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

2007年06月13日

ひとこと

 縦にあらず横に降りつけ濡らしくる京都の雨の淫らなるかな 黒田英雄

 昨日の日記に引いた自歌だ。これは「塔」でも「短歌人」で採らいれなかった。昨日まで自分ではいい歌だと思っていたが、よく見直してみて推敲の余地があることに気づいた。とくに初句に問題がある。この歌は推敲を加えたうえでまた日記にアップしたいと思います。選者の判断はやっぱり正しいな。
ニックネーム 茶トラのみんく at 23:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年06月12日

804 京都の霧雨

 結社誌のよさ、それはずばり選歌制である。選歌というシステムがあるからこそ、結社というものの存在意義があるのであり、むしろそれがすべてと言ってもいいだろう。僕は「塔」「短歌人」にそれぞれ十首ずつ毎月出詠している。掲載される歌の数ではなしに、僕が一喜一憂しているのは、十首中の、自分で自信ありと恃む歌が載るか載らないか、そのことである。絶対の自信歌はつねに、十首中の二首である。それが落とされたときは愕然となる。二結社に所属する利点というのはここにある。「塔」で落とされた歌を「短歌人」に送り、その逆もやる。大半はどちらかで採ってもらえる。もちろん、再出するときに推敲することもあるが、中にはそのまま使い回すこともある。こういう態度を不真面目だとか不謹慎だというかいうやつもいるかもしれないが、結社というのは歌人それぞれが自分のためのステージを探す場所であって、いいお座敷を探して持ちネタを披露するのは表現者にとって当然のことだろう。結社というのを、組織に所属して滅私奉公することだみたいに言うやつがいるが、創作者というのはどだいエゴイスティックでなくては一歩も先に進めないだろう。自信のある歌が落とされるというのはある意味いいことだ。もっとよくしようと推敲するからである。僕はぱっと作ってぱっと送ってしまうので、落とされることによってかえって作り直す機会を与えてもらえてありがたいくらいだ。
 ところで「塔」に落とされ、「短歌人」に落とされ、それでも推敲せずに歌集にも載せようというくらい自信がある、というか好きな歌が私にはある。

縦にあらず横に降りつけ濡らしくる京都の霧雨(あめ)の淫らなるかな 黒田英雄

 この歌は遠い昔、学生のころ京都山科に住んでいた女性との思い出の歌である。まだ性愛というものをしりそめて間もないころで、下世話な言い方をすればサル同然の若者、もといバカ者であった。雨が降ろうと槍が降ろうとアパートにこもってずっこんばっこん、やってやっても食っても食っても、ぜんぶセックスのエネルギーになってしまう、そんな時期が誰しもあるだろう(頼むそうだと言ってくれ)。その彼女と夜道を歩いていて、ふと霧雨に遭ったことがある。本当に横から雨が降ってきて、傘が役に立たなかったのだ。僕が驚いていたら、彼女が言うには、「京都では雨はよく横に降るのよ」だそうである。月形半平太の「春雨じゃ濡れて行こう」という台詞の意味が初めてわかった。木下恵介監督「女の園」の中でも大学の助教授が、京都では雨が横に降るという現象を説明したシーンがあったように記憶する。もう一度、その点に気をつけながら見直したいと思う。てな訳で、この歌は私の若き日の猛烈な性愛のひとコマであり、どれだけ落とされ続けようと、捨てずに歌集に収録しようと思っているのだ。結社に入ってないしょくん、そして、ひとつしか結社に入っていないしょくん、結社はふたつ入るに限る。だいたいひとつしか入ってなくてはその月の結社誌を読み終わったらもう読むものがなくてつまらないではないか。結社誌なんてあっという間に読めてしまうものなのだから。だいたい、月に十首なんて少なくて、歌が余ってしまう。

      今日のMYビデオ
「偽れる盛装」(昭和26年、近代映画協会=大映京都、吉村公三郎、脚本・新藤兼人、音楽・伊福部昭)京マチ子、管井一郎、藤田泰子、小林桂樹、進藤英太郎、村田知栄子

 京都祗園に、まさに肉体を張って男を手玉に取り生きていく芸妓の物語。当初は山田五十鈴主演で撮られる予定だったが、山田の病気のため京マチ子に急遽変更。これは大成功。なぜなら、京マチ子のあの押し出しのいい肉体美がなければこの映画は成立せず、リアリティが持てないからだ。京がその巨大な乳房や臀部ですけべじじいどもをひいひい言わせてこそ、この悲劇が見るものを圧倒するのである。このビデオは絶版。高かったあ〜〜〜!!!!!京都の人には悪いが、僕のイメージのなかの京都というのは非常に淫らである。もっとも、幕末のころ長州人は京都のお姐さんたちにおおいにもてたという。桂小五郎などはその代表格であろう。かく言う私も長州人のはしくれである。というわけで、京都は今もって私にとって性愛の都なのである。
ニックネーム 茶トラのみんく at 23:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年06月11日

803 私の名歌鑑賞その1〜浜田康敬

 すでに評価の定まった歌人の名歌を取り上げたい。僕が短歌を読み始めたころ読んで凄い衝撃を受けた歌たちを紹介したいのだ。入院中に読んだ「一握の砂」以降に読んだ現代歌人の歌である。これはシリーズにしたいと思う。第一弾ではこの歌を取り上げる。

豚の交尾終わるまで見て戻り来しわれに成人通知来ている 浜田康敬

 浜田作品に関しては、塚本邦雄の名批評がある。まさに、「優れた短歌評」とはこういうのを言うのだというお手本のような名文である。だから私が、浜田作品を今さら評するのは、屋上に屋根を足してさらにそこにアドバルーンをつけたら外れて飛んでってしまうくらい余計な感じがしないでもないが、それでもあのときの感動を文章にしておきたい。なんの雑誌で読んだのかおぼえていないが、この歌を読んだとき私はぶっ飛んだ。「短歌ってこういうこと詠ってもいいんだ!とすれば、とすれば、短歌って面白いぜ!」と思ったのだ。
 豚の交尾、というのは、リアリズムの向こうにある陰惨さを突き抜けてすでにひとつの虚無とユーモアに到達している。生きるとは、生殖するとはこれだけのものなのだと思い知らされた、ユメもチボウもない青年が貧乏下宿に戻ってみると「君はもう二十歳だよーん選挙に来い年金払え」という、社会への組み込まれを一方的に強制する手紙。これはもう、現実への召集令状と言っていいだろう。青春を題材にしてすぐれた映画には必ず、ワイルドで原初的なパッションと、それに立ちはだかる父権的な社会性との相克が描かれるものだが、それをこの短い詩形で、バカでもぴんとくる構成に封じこめた感性の鋭さ、あえて言えば悲惨さに、その青春があまりにも鮮烈に滲み出ている。豚の交尾というのは、土着性、原始性とともに、社会性とそれが抑圧しつつなくてはならない生殖の呪いというのを同時に表わしているだろう。豚は本能のままにつがっているが、それは人間が食料とするための管理のもとでのセックスであり、それはおおかたの人間のさらされている運命でもある。浜田の歌には、職業俳優を使わないことをポリシーとしたロベール・ブレッソン監督の映画のリアリズムに似たものがある。自己をも相対化するような非情さに裏打ちされたシニシズムに満ちている。私の手元に「現代歌人文庫/浜田康敬」(国文社刊)があるが、もうボロボロである。職工としての日々をリアルに詠いつつ、底辺を這いずりまわり続けることを余儀なくされた青年の世界への悪意と毒が「成人通知」には満ち溢れている。空前絶後の歌人と言えるだろう。それを見出したことにおいて、僕は塚本邦雄という歌人を大尊敬する。おそらく、教養人でありながら商業高校中退、軍事工場に動員されてキノコ雲を見物させられていた塚本による、近親憎悪とそれゆえの親近感が浜田への絶賛につながったのだろう。個人的な愛なくして、宮崎へと下ってゆく浜田に会い、5万円の餞別を送り、「祭りの準備」のラストシーンのごとき駅での別れを演じたりはしないだろう。
 浜田の歌には、ほかにも取り上げたいものがたくさんある。上掲の、「現代歌人文庫/浜田康敬」をぜひとも諸君、読みたまえ。好き嫌いは別として、短歌とは、こういう情念を韻律で表わしたものだというのが実感されるはずである。もしも、浜田作品を読んで、その負の情念に琴線を震わせられないという者がいたとしたら、僕はその者とは話もしたくない。そいつはそもそも、短歌を読む目など最初からないクズなのだから。
 最後に浜田作品から三首を引いて終わりとしたい。

職探すことに疲れてユダヤ人虐殺の映画見て憩いおり 浜田康敬
この平安におぼれ貧しきわが詩才冷えし定食をぼそぼそと食う
定食の飯計りいるきみ見えて店の奥暗き電灯の下
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802 「ルパ」立ち入り禁止

 わが吹き溜まりマンションにも、理事会というものがあり、その議事録というものが送られてきた。いろいろ書いてあるが、凄いなと思ったのが、「行方不明者は、住民票を調べ、仲介業者を追及してでも居場所をつきとめる」という一文があることである。行方不明、には参ったな。そう言えばこのマンションはよくドアに、「貴殿の契約状況は、貴殿の落ち度により解除されたのですみやかに部屋を明渡すよーに」と張り紙のしてある部屋がある。銀行はちゃんと審査をしたんかい!?そう思いながらも、なんで俺みたいなのがここに住めるのかなんとなくわかった。つまりそもそもその審査がいいかげんなのだ。このマンションの環境はベストだと思う。穴場である。こんないいかげんな審査ですら落ちた人がおり、その後釜として俺は入ることができたと不動産屋は言っていた。最高におかしいのは、理事会の出席者。理事など、役づきの人が四人で、一般住民の参加はたったの一人。いちおう住民全員に参加を呼びかけてはいるはずなのだが、たったの一人である。これには爆笑した。このやる気のなさがいい。引越しを決めたとき、ほかのマンションもいくつか見て回ったが、「当マンションはドアのデザインがイタリアのデザイナーでして」とか、「4階にふれあい広場がございます」とか気色の悪いのがあった。いいか、人とふれあいたくないからこそ都会のマンションに入るのではないか。ふれあい広場でわざわざふれあうなんぞ最低である。主婦の公園デビューじゃあるまいし馬鹿め。てな訳で、このマンションの住民の参加意識のなさといいかげんさのおかげで住み心地は非常にいい。しかし俺も、いつ追い出されるかわかったもんではない。最低五年はがんばろう。
 世田谷文学館は、僕のヒーリングスポットである。ここでキネ旬のバックナンバーや「心の花」を読む。そして帰り道での楽しみだったのが、パン屋さん「ルパ」で、買ったばかりの歌集を、煙草をふかし、コーヒーを飲みながら読むことだった。ところが、「ルパ」が今年から禁煙になっちまった。煙草のみの生存エリアがどんどんせばまっており、俺は悲しい。せめて分煙程度にとどめておいてほしいものだ。「ルパ」で読んだ最後の歌集は、栗木京子「けむり水晶」となってしまった。栗木さんといえば、「短歌新聞」六月号のトップで「けむり水晶」三賞受賞へのインタビューにともなって写真が載っている。そこに写っている栗木さんの顔は、まさに万葉、平安と連綿と続く和歌の伝統から抜け出してきたがごとき、やんごとない歌詠みの顔である。この人はいかなる高みへと到達するのであろうか。ちなみに、私とは学年が一緒である。世が世なら机を並べて勉強していたかもしれないがとてもそうとは思えないような風格がある。風格というもののまったくない私から見て、まぶしい存在である。おれが栗木さんと同世代だなんてとても信じられない。情けないかぎりである。
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2007年06月10日

801 真の教養とは

 週末の僕の過ごしかた。吉本新喜劇を観るごとく、競馬中継を見てペーパー馬券ではしゃぐ。ちょっと間を置き、ビデオざんまい。今日は、昨日観た「天使のはらわた〜赤い教室」を最鑑賞、水原ゆう紀の魅力にまたしてもため息をつく。続いて「ラブホテル」「天使のはらわた〜赤い陰画」と名美シリーズを三作堪能する。私は基本的に猫型人間であり、うちの中にこもっているのが好きだ。外にはできる限り出たくない。わが愛猫みみ太もよく一緒にテレビ画面を見ている。そうしているうちにすでに外はとっぷりと闇である。ビデオが趣味の人間にとって一日は短い。
 九時過ぎとなってようやく妻が千鳥足で帰ってくる。なんでも、塚本邦雄の命日だとかでシンポジウムが開かれていたのだとか。塚本邦雄という歌人は僕にとってやっかいな人だ。なんだかんだ分析がなされたそうだが、ごくシンプルな邦雄像、すなわち、ヨーロッパ的な教養を死ぬほどつめこんだ、お耽美おやじ、意地悪じじいである、というものをなぜか誰も提示せず、「邦雄とはなにものでなにを考えていたのか」などと自明な本質のまわりでぐるぐる回っていた、妻の話から受けたのはそういう印象だ。塚本邦雄のその膨大の教養における膨大な欠落、それは、「日本映画へのそれが欠如している」ということだ。それほど歌を知っているわけではないが代表作と言われているものを読む限り、邦雄にとって映画といえばすなわちヨーロッパのそれであり、日本映画への興味をうかがわせるものは皆無である。それは、邦雄がいくらインテリであっても、僕からすれば無教養であるにひとしい。これは近藤芳美にも通じることだが、なぜこうも歌人というのは日本人のくせに日本映画を見ていないのか。短歌とはどこからどう見ても日本独自の文学であるのに、それに従事するものが自国の映画をまるで見ないとはどういうことだ。だから短歌はいつまでたっても、かたよった教養しか持たないもののおもちゃであり、普遍性を獲得できないのだ。よろしいか、日本映画もまた教養である。しかし、なべて歌人は邦画をバカにしている。俺はそう思っている。短歌雑誌に邦雄の書斎での写真が載っていたが、その背後に移っている棚に詰め込まれた映画のビデオのラベルがはっきり映っており、判読できた限りそれはすべて、ヴィスコンティなどのヨーロッパお耽美映画であった。いくら教養一と言われようと、成瀬、小津の映画を所有しないようでは、俺に言わせれば全然ダメだ。いまだに、邦画を題材に選んだ歌人といえば、「仁義なき戦い」を詠った藤原龍一郎と同「泥の河」の道浦母都子のみ。馬鹿どもが!
 僕にとって邦雄の最大に評価すべき点は、浜田康敬の傑作連作「成人通知」に角川短歌賞を与えたことだ。邦雄の歌を見る目は凄いと思う。浜田の受賞に際しては近藤芳美の猛反対もあったそうだが、その気持ちもよくわかる。ただ僕は、連作という形で歌を見るとき、真に傑作の名に値するものは「成人通知」だと思っている。それを一押しにした邦雄の慧眼を僕は尊敬する。また、青年浜田康敬が、新天地を求め宮崎へと流れてゆくとき、祝儀として5万円をぽんと渡したというエピソードも大好きだ。四十年以上もまえの5万円といったら凄い額である。浜田青年に対する邦雄の、自分が彼を歌人という呪われた存在にしてしまったという責任感とシンパシーをしみじみと感じるいい話である。この一事だけでも、僕は塚本邦雄という歌人に信頼をおぼえる。
 歌人が歌人を論じるとき、その論調に僕はいつも違和感を感じる。どれもこれも、すでにどこかのだれかがさんざん言ったようなこと、すでに定まったその歌人への評価を自慢げに繰り返しているだけで、独自の視点や、対象の本質への洞察などがまったく感じられず、知識のひけらかしに終わっている。岸上大作を論じたものについてもそうだ。どれもこれも恋と革命に敗れてどうのこうのとお決まりのイメージを再現させているだけだ。しかし、それが岸上という歌人の本質だろうか。岸上大作という歌人のもっとも根本部分にある、彼を歌人たらしめた呪い、それはずばり彼の生まれ育った家庭環境にある。祖父が母を犯すという異常な関係。そうしなければ生きてこれなかった惨めな母子家庭。革命だの思想だの以前に、この隠々滅々たる日本的因習が少年岸上の精神を蝕んだことは明らかであり、にもかかわらず、そのことから岸上短歌を語りおこしたものを僕は見たことがない。岸上のみならず、歌人の歌人評はどれもこれも表層的で誰でも知っているようなことを自慢気にひけらかしているにすぎないように僕には見える。もっと面白い評論が読みたい。だったらおまえ書け?岸上のことでよければ注文さえあればいくらでも書いてやるが、ただしギャラをよこすこと。タダでは書かない。よろしいか、短歌とは、教養をひけらかす道具ではないのだよキミタチ。その歌人の本質をえぐるような評論をぜひ読みたいものだ。かろうじて吉川宏志には、その可能性を強く感じるものである。
ニックネーム 茶トラのみんく at 00:31| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

2007年06月09日

800 情熱より情念

 昨日の日記にものすごいアクセス数である。また、有友紗也香さんの歌をピックアップした過去の日記のアドレスをアップしておいたらそれもまたアクセスが殺到している。みなさんありがとうございます。おなじ「塔」の田中雅子の場合もそうだが、彼女らの歌が今後さかんに読まれるとしたら、自分の歌が読まれるのと同じくらい嬉しい。有友、田中の両氏は、僕のもっとも好きな女流歌人とさえ言える。なぜなら、いまどきの歌人が持ち合わせていない、巨大な情念の塊をその魂のうちに持っているからだ。当世受けはしないかもしれないが、歌を詠む、というのはつまりこういうことなのだと、この二女性から学ぶ思いがする。歌がなければ生きていけない、という心情がせつせつと伝わってくるのだ。そういう若手歌人は今どき絶滅危惧種であろう。なにを気取っているのか、「どうしても短歌でなくてはならないということはない」とか「たまたま短歌だっただけすよ。ふっ(笑)」などというすっとこどっこいがままいるが、スカしてんじゃねえこの野郎。新人賞の選考委員も、やれ浮遊感覚だ現代のなんたらがかんたらだではなく、歌わずにいられないだけの切羽詰った内面を持った、スケールの大きな歌人をズームアップしてほしい。何度も言って恐縮だが、佐佐木綱が選考委員に入っていない年の「短歌研究新人賞」は最悪である。佐佐木は、新人を発掘する目はあると僕は思っている。でなければ、あの「サラダ記念日」をプロデュースするわけがない。
 ひさびさに「塔」のバックナンバーを読み返す。僕は入会五年目だが、年月は経っているのだなあ、としみじみ実感した。いいな、と思う歌人のかたがたの多くが長期欠詠ないしは退会、物故されたかたもいる。また、新入会員のかたがたの紹介のコメントの欄があり、その多くは意欲に燃えたことを語っているが、その後ちゃんと出詠し続けている人はおよそ2割くらいにすぎない。十人入会しても、二人しか残らないということだ。もったいないことである。歌を作るのに、情熱だ愛情だと大上段に構えたことを言う人がいるが、そんなものは、、ちょっと冷水をかければ消えてしまうような浅薄な感情であり、そんな言葉を僕は信用しない。短歌を作り続けるための秘訣は簡単だ。それを習慣にすればいいのである。短歌をどうして作り続けるのか、という問いに対して、情熱があるからとか好きだからとか答える人より、「習慣です」と答える人のほうを僕は信用する。習慣、カスタムである。これほど強い言葉はない。朝8時に散歩をする人のように短歌を作ることを習慣にする、これこそが、歌を作り続けることの秘訣である。いい歌なんて、そうそうできるものではない。その大部分は駄作なのだ。十首作って一首ましなのができれば上出来である。とにかく、ひとたび結社に入ったものの犯しうる最大の罪、それが「欠詠」である。どれだけできない月があっても書け。読者にはその苦悩は伝わるはずだ。少なくとも僕にはわかる。一年ぶりくらいに思い出したように出詠してほめられたってそれだけの話であり、歌がどれだけよくても、俺はそいつを歌人として認めないし歌集を出しても買ってはやらん。下手な歌を詠む、それもまた歌人の魅力なのである。

      今日のMYビデオ
「天使のはらわた〜赤い教室」(1978年、日活、曽根中生、脚本・石井隆、音楽、泉つとむ)水原ゆう紀、蟹江敬三、草薙良一、水島美奈子
ニックネーム 茶トラのみんく at 00:34| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記

2007年06月07日

799 わが名美〜有友紗也香再び〜

 宙さんというかたのコメントに触発され、またしても有友紗也香氏のことが気になってきた。去年の6月9日、10日に、彼女の歌をアップしてある。ぜひ、読者の皆様も彼女の世界を堪能していただきたい。

http://hideo.269g.net/article/2307164.html
http://hideo.269g.net/article/2313313.html

 「塔」誌に掲載された作品からさらに僕がピックアップした歌を改めて読み返し、体が熱くなり、おののきを止められなかった。そのとき日記にも書いたが、とにかく彼女はスケールの大きな歌人である。その存在そのものが「うた」たり得ている、稀有な表現者なのである。新人賞を狙って、流行語に弱いジジババ審査員をたぶらかす(「短歌研究新人賞」のことだよ!)、カマトトぶった詠いかたしかできないせこい連中とは雲泥の差である。いや、新人賞だのなんだのから、遠くへだたった血を吐くような内実があるからこそ、彼女の歌は短歌たりえているのである。いいか、俺は、低血圧で脳死したような若手歌人なんぞにこれ以上出てきてほしくはないのだ。だから有友は、俺にとって女神なのだ。べつに彼女当人に会いたいとかどうこうしたいとか、そういうことを言っているのではない。とにかく彼女の歌が読みたいのだ。たとえ凡歌でもいい。僕は、有友紗也香という歌人に惚れたのであり、その人から発せられる言葉は、なんであれ甘露なのだということなのだ。「歌人の魅力」とは畢竟こういうものを言う。その人個人に強烈な魅力がある、ということが重要なのだ。河野裕子氏などはその典型である。
 有友紗也香は、僕に映画「天使のはらわた」シリーズの普遍的ヒロイン「名美」を連想させる。「天使のはらわた〜赤い陰画」で、ブルーフィルムに映った名美に命がけで惚れる蟹江敬三演じる「村木」の思いがよーく解るのである。僕も紗也香のためなら彼女の「村木」となり、疲弊して地の果てに斃れようとも悔いはない。それは、彼女の短歌の世界に溺れ、それを普遍化するために人生を捧げるという意味である。有友紗也香という女性は、歌を詠うために生まれてきたような女(ひと)だ。それは、俗世での幸福とは切り離された人生かもしれないが、それが、短歌の神が指名したものの運命である。その神はあまりにも惜しみなく奪う。「サラダ記念日」ごときに刺激され、「これが短歌というものならアタシだって歌人だわ」程度の認識で短歌もどきを始めた連中には、有友紗也香の世界は「クラ〜イ、オモ〜イ、ふる〜い」としか映らないだろう。馬鹿どもが。
 去年の6月ごろに比べて、当ブログのアクセス数ははっきり言って倍に増えている。しかし、日記の内容は、この当時のほうが現在よりわれながら面白かったと読みかえしてみて思う。ぜひ、この日記を読んだかたがたは、上記アドレスをクリックして、有友紗也香の世界に触れてほしいと切に願う次第である。今夜は眠れそうもない。
 ところで、そもそもなんで紗也香タンが「塔」に入会したのか、そのへんがよくわからない。僕は、あえて彼女が入るとすれば「短歌人」のほうがよかったのに、とつくづく思うのである。選者は藤原さんか西王さんがいいだろう。彼女の情念と凄艶は、「短歌人」のアナーキズムにこそふさわしい。
ニックネーム 茶トラのみんく at 21:59| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記

2007年06月06日

798 短歌は視点

 なんとものすごく昔の日記にコメントをいただいた。「塔」まぼろしの閨秀歌人、有友紗也香氏に関する日記へのコメントである。彼女のことを知りたいとあったが、僕にもその歌以外の個人的事情、ましてや近況などはさっぱりわからない。ただ彼女のような人こそ、今の歌壇に必要な人だと僕は確信している。彼女の歌は、「塔」誌に載るものを毎月食い入るように読んでいた。短歌には、その歌人独自の肉体感覚からくる痛みというものがにじみ出ていなくては、人を、少なくとも僕を惹きつけることはできない。一流の歌人とはそういうのを言うのだと僕は思う。その肉のふるえまで伝わってくるような、現代の与謝野晶子のような歌人の出現を僕は切望する。有友氏にはその資格が十分あると僕は思っている。いずれ必ず、復帰してくれるものと、僕は信じ、待っている。

波というよりも心電図に見える海を眺めて笑う婆さん 丸井まき

 この作者の歌は、いつも措辞が簡略なのだが、読者を惹きつける引力を持った歌人だ。心電図を波に例えるのは普通だが、波のほうを心電図に例える歌は初めて見た。この視点は鋭い。「波が心電図に見えた」主体と、結句の婆さんは別人だろう。海を見つめる老婆、というアナログで情緒的な存在が、心電図というデジタルな情報を連想する作者によって、逆に実存の非情さのなかで均質なものへと落ちこんでゆく。難しくて夕刊の科学欄で読んでもひと言もわからないが波とか雲とか、そういったものの形状を科学するフラなんとか理論というものがあるのだそうだ。不易と無常の象徴だった自然もまた、より高次な真理である科学のなかで記号化されていく。そこには空しさよりもむしろ、当人たちにはどうしようもない自然の営為がこのまま続いていくのだという存在の厚みを感じる。上手くは言えないが、全てが無であり有であると説く宗教は、実はこのことを言っているのではないのだろうか。老婆の笑みが宇宙のはじめから存在する古い妖怪のようで、つげ義春の世界を連想させるのもグッドである。これが爺さんでは余計な理性が入りこんで、歌の味わいを台無しにするだろう。婆さんと海、そしてデジタルとの共存が、この歌に力を与えている。ユニークな視点を持った歌人である。

この街に老いゆく鴉の鳴くこゑのかなしげな語尾耳にしたしき 森 敏子

 一読して、やられた、と思った。実は、同じような発想の歌を僕もすでに作ってあったのだが先を越されてしまった。こういうのは早いもん勝ちである。陳腐な感想かもしれないが、カラスという鳥も、田舎は人も、ろくな食い物もなく、食いつめて都会に住んでいる。華やかな暮らしのようでいて実は都会の漂泊者たちと同じ、都会に寄生するしか生きていけない悲しい存在なのである。四句めの「かなしげな語尾」に僕は胸が熱くなった。カラスも、都会で老いゆき、都会で死んでいくしかないのだ。もはや故郷はどこにもない。カラスというのは、都会を詠ううえで重要なモチーフである。しかしやられたなあ。俺の歌はこれによって封印せざるを得なくなった。森敏子のかわりに黒田英雄、とつけても違和感のない、まさに黒田短歌の精髄である。と言ったからといって森さんをおとしめているわけでないのは言うまでもない。参りました。

三回転もつれて転ぶ尻餅に美を感じてる甘い瞬間 池田順一

 これも視点の鋭い歌だ。フィギュアスケートという、視覚的評価がものを言うスポーツにおいて、たしかに空中回転をみごとに決めれば、それはそれで感動的な光景である。がしかし、失敗して氷上に転がり落ちる刹那にも、僕はドラマを感じる。悔しさのなかで、彼女はなおも立ち上がり、白鳥のような優美な笑みで演技を続けなくてはならない(男子選手かもしれないという可能性はこの際無視)。そこにもある種の真実があるのだ。膨大な練習時間を経たあげく、ここ一番で無残に失敗する、というのもじゅうぶん観客を惹きつけるドラマなのだ。人間は、完璧で瑕ひとつない造形や動きというものに、実はあまり感動しないものである。フィギュアスケートに話を限っても、点数が高くなればなるほどそれは機械の動きを思わせ、なにも人間がやらなくてもいいじゃねえかとむしろあくびを誘う。よくは知らんが当節流行の「萌え」とかいうやつに「ドジっ子」というジャンルがあるそうで、要するに皿を落としたりすべって転んだりする少女を可愛いと思う心理だろう。それを男の身勝手と言うのは簡単だが、女性だって完璧な男なんぞ好きではあるまい。フィギュアの選手に選ばれた、というだけでも普通人からすれば神のごとき存在である。それが無残に砕けちりそして立ち上がるというドラマに人は恍惚をおぼえる。考えてみればこれはすべての英雄物語(ひでおものがたり、ではないよ)に共通するモチーフではないか。結句の、甘い瞬間、というところにおそらくはおじさんである作者の複雑な思いがこめられている。

猫に似る石の寝そべる森の中猫石川は音なく流る 安達広子

 これも実にいい歌だ。単なる写実だが、宮澤賢治的なファンタジーがある。猫石川、で検索した限りでは、正式名称としてはそういう川が出てこないので、たぶんその近所の人が通称で呼んでいるのだろう。これもまた、視点のユニークさが光る作品と言える。猫のような石が森の中に寝そべっている、このことだけで、読者は一方的に賢治的、さらには宮崎駿のアニメのようなファンタジーをかきたてられる。そして結句で、その川は音もなく流れると詠われる。たしかに、「猫石川」は、音をさせないほうが似つかわしく感じる。写実詠は難しいが、こんなにもメルヘンを感じさせる写実詠を僕は初めて見た。猫、そして石、一見対立するように見えるこのふたつが、自然の息吹のなかで見事に神秘化されている。視点の優しい秀歌である。
 ほんとにい歌だ。
ニックネーム 茶トラのみんく at 00:45| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2007年06月04日

797 「短歌人」六月号会員欄秀歌選 その24

 会員欄を読んで、赤チェックをする作業はすぐ終わる。あっという間だ。問題は、この日記にアップする三十首に絞りこむ、これがめちゃくちゃ時間がかかる。切って切って切りまくり、これだけ切ってもまだ三十首にならないのかと腹が立つほどである。結社誌は、選歌欄が多いほうが多いとつくづく思う。「短歌人」のセレクション欄はいい。取り上げられている歌のほとんどが、僕が赤チェックした歌だ。今月号も、僕の自作ベスト3に入るほど気に入っている歌を同欄で採っていただいた。光栄なことである。
 今月の赤丸歌、「会員1欄」パート1、145首。同パート2、138首。「会員2欄」パート1、82首。同パート2、157首。計522首。

「短歌人」六月号会員欄秀歌選 その24

波というよりも心電図に見える海を眺めて笑う婆さん 丸井まき
この街に老いゆく鴉の鳴くこゑのかなしげな語尾耳にしたしき 森 敏子
三回転もつれて転ぶ尻餅に美を感じてる甘い瞬間 池田順一

夜桜は赤信号にも似合うこと気づいて楽しむ信号待ちを 砺波 湊
生きてはいても半分ゆうれいの吾、フラフラの体でとにかくも生きている 村松加奈子
真夜中に気になり覗けば老犬に掛けたる毛布ゆっくり上下す 立花マリ子
峠には遣手婆(やりてばばあ)が今もゐて「そこに止めてや。ハイ五百円」 勺 禰子
みづからを恃むと言ひて起(た)つときの虚勢はすでに見抜かれてをり 田中 愛
兄いつも童謡聞けば涙ぐむ童謡聞きし幼時持たねど 早川清生
悲観性は土砂降りの中閉め出され裸足でさまよう日々に得たるか 木戸真一郎
ふぐっ ふぐっ ふぐっ 息正調につぎつぎに障害物を越えてゆく馬 藤井眞佐子
ホラー小説いかがですかと山積みの古書の奥から店主の声す 田端洋子
メルヘンじゃないんだホテルの残飯のケーキを食べて駆除された熊 天瀬夕梨絵
血縁も地縁も持たざる春の村ペダルを踏みて越ゆる長閑さ 御厨節子
わたしより一歳上の香川京子表情言動凛としてをり 脇屋のぶ子
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