「短歌人」には、毎号表紙の裏で歌人その歌が
ピックアップされている。今号のそれは、有沢蛍「朱を奪ふ」である。批評子「I」氏の短評が6行にわたって綴られている。僕も、この歌集を読んだが、I氏は実にこの歌集の
ポイントを掴んでいると思い、感心した。一首評はともかく、歌集の評を短くまとめるというのは大変な作業だ。僕は、一首評では自分なりの切り口を掴んだ自信はあるが、歌集評は非常に難しい。正直、まだ僕独自の切り口というのがつかめていない。すべての歌集評がいいとは決して言わない。くだらん評、単なるゴマスリとしか思えないものが相当数ある。かと言って、批判すればいいというものではない。批判しつつも、その歌集のよさを伝えられるような評を書きたいものだ。ごく数人を除いて、優れた歌集評というものを寡聞にして僕は知らない。
今月の赤丸歌、会員1欄パート1、158首。同パート2、64首。会員2欄パート1、97首。同パート2、177首。計496首。
「短歌人」九月号「会員欄」秀歌選その27
前向きに生きなさいよと師の言葉目を閉じ思う前向きの前 山崎カツ子
閉ぢられし冷蔵庫の内暗ければ開ける術なき夢にくるしむ 松岡建造
親日ならず親
日本語であるといふ黄雲芝台湾句会率ゐて 野上佳図子
密やかな悪事を思いて仰ぎ見る 雨降る前の風の行方を 竹田正史
露草の藍ちりばめしくさ原につゆを咥えて消えし生きもの 佐藤綾子
「人道に反する」と弟に言はれ婚約破棄せず今に至りぬ 赤尾和葉
市役所にて声掛けてきし老人あり三日後気付くあれはナンパと 楠 律子
膝までの浴衣新たな美ありとか少女闊歩す奇異と思ふも 岡田敏子
夕焼けの月光仮面風呂敷を畳めば二年二組の勉 田所 勉
歪みたる魂としも見ゆゆふぐれに我が吐き出せる紫煙の形 内藤健治
昼どきの職員室に入り来て「下水の臭ひ」と女生徒言へり 田村よしてる
脱ぎたての外骨格を撫でながら身近な者に優しくなれぬ 後藤祐子
えんそくでせなかのあせが
ハートがた はずかしいけどじぶんもわらう 上村駿介(11歳)
降りたのはわたくしひとりはからずも「もってのほか」とう名の駅なりし 朝生風子
鬼婆のかなしみじわり胸をうちし観世栄夫の「黒塚」おもふ 小出千歳
陽の沈むかなた見おればおだやかに光まといて人は来れる 利根玉惠
幼なき日夜半に目覚めてふすま一重開ければ若き父母ありき 木戸真一郎
切り崩す
貯金止まらず雪崩打つ末は湯水の泡風呂の泡 本橋外堀
巡回中の札かかりいる派出所の机の上に眠りいる猫 伊藤直子
ばらばらにくずれはじめた俺たちは東京タワーを階段で行く 尾方 裕
客席の暗い海より手をたたく悲劇を演じ終へたる人へ 阪本まき子
犬の目から見れば人間みな名無し名無しの人が犬の名を呼ぶ 生野 檀
小石川円乗寺お七の墓のまへあやとりせむと少女がさそふ 花鳥 佰
つらなめて山のかなたに沈む雁塩山駅にひと待ちし日よ 青木ルリ子
ゆふぐれの路上にあかきハンカチが火照りをたたむごとく置かるる
八木照子
目をつむり風中に犬は尾を振れり匂にも音楽はあるらむ 松野欣幸
木漏れ日の涼しきけやき公園に老夫婦来て唱歌を和しぬ 御厨節子
やあやあと手を振り近付く男あり待てばいきなり大嚏せり
川崎義一
「またお越しくださいませ」と言う声に応えるためのマニュアルがない 久保寛容
異物だと思われないで溶けるなら唯一、海の中で泣きたい 丸井まき
以上、厳選30首。短歌は、実に面白い。特に、総合誌に載っているとり澄ました歌群より、結社誌の歌のほうが断然面白い。まだ結社に入っていない諸君、ぐずぐずするな。ただちに入れ。「短歌人」は、正直言って、会員1欄より会員2欄のほうが勢いがある。会員1欄は、もっと頑張らなくてはいけない。と自戒をこめて言う。