今月の赤丸歌、若葉集吉川欄95首。真中欄159首。栗木欄158首。計412首。
塔10月号「陽の当たらない名歌選」その1
「原爆の子」観しのち食べた支那そばの麺碼がどうして今ごろ泛ぶ 石原しょう子
吾が車の後ろを逸れし
トラックより何かをわめく顔遠ざかる 橋本英憲
初めての
東京は雨国変えると気負い昂ぶり夜汽車に揺られて 大倉秀巳
なつたかも永田洋子にうすぺらに正義を信じた若き日のわれ
川崎香南子
あちこちに井戸がありたる少女期は井戸の底にも青空ありき 小山美保子
大根を厚めに剥きてゐるうちに大袈裟になりゆく怒りあり 山地あい子
次の忌は呼ばるることはないだろう妹(いもと)の夫は再びの婚 津野多代
ツキモノがついたか落ちたか四十にてファンクラブとふものに入りたり 遠田有里子
リビングの
テレビを消せば広がりぬ時代を映す深き暗闇 吉田淳美
蓄へし知恵の量など計りつつ歌づくりすなり おお貸借対照表(バランスシート) 高見 徹
いちどきりキャッチボールをしたときの原つぱにまだ父は佇(た)ちをり 久保茂樹
雨くらく車の窓をたたき降るこのやまなみの底に道あり 金治幸子
夕闇に雨は溶けつつくろぐろとカンナ見えくる長き停車に 清水弘子
すべり台の裏を覗けば楷書にて百姓一揆と書かれていたり 乙部真実
振り込め詐欺に惚け役者を演ずれば「くそじじい」と電話切れたり 清藤勇吉
犬かばい犬の目線で見る雑踏オレも時どき吠えたくもなる 赤石森太
「晩メシは要らぬ」と夫の置き手紙の重石になりている青蜜柑 石原安藝子
宮城野の原に咲きたる鳳仙花美しかった防空壕傍 及川綾子
垂直な首筋を見せ
新聞を読みおり時に聡明は寂し 黒沢 優
窓暗く雨ふりやまぬ日の暮れは候文のこいぶみが欲し 徳永香織
玉櫛笥(たまくしげ)ふたたび見たし微笑めばたちまち咲(ひら)く水原紫苑 中瀬真典
右肩を下にして寝るときの右の手は左の肩を掴むかたちに 西内絹枝
その頬を押えて泣いた日もあらん虫歯とともに楼蘭の子は 今岡悦子
論破してなほ残りたる怒りあり大の男に泣かれてしまひぬ 山下れいこ
アンネ・フランク遺品発見報じゐし画面変りぬ為替相場に 原 夏子
急いでる時に限つて入らない
ピアス 耳たぶがほてりはじめる 高橋香澄
コンサートの受付に立つ少女ゐてごゆつくりと髪の毛ゆらす 杉崎康代
念願の下水道遂に整備さる排水の音もせせらぎのごと 小澤光枝
命綱腰に結びて一方は夫に委ねて潜りゆく海女 森 敏子
今日のMYビデオ
「歌ふ狸御殿」(昭和17年、大映
京都、木村恵吾)高山広子、草笛美子、宮城千賀子、益田喜頓、伊藤久男、豆千代、美ち奴
うひゃー、楽しい!まさに日本映画史上に輝くバカ映画の金字塔。いや、これは純然たるホメ言葉である。サトウハチロー作詞、古賀政男作曲によるこのオペレッタ映画は何度見ても飽きない。監督の木村恵吾は、1939年に「狸御殿」という映画を作っている。このシリーズの流れでこの第二作ができたのだ。森の音楽会の、カチカチ山組VSぶんぶく茶釜組の歌合戦も楽しいし、狸御殿でのシンデレラストーリーの歌の数々も心に残る。鈴木清順監督で最近リメイクされたと聞く。たぶん、CGを駆使した豪華絢爛な画面だったろうと思うが、
オリジナルのこの素朴な能天気に果たして敵うものだったかどうか、見てはいないが疑問に思う。主演の高山広子は、この狸映画で一気に
スターダムにのし上がり、当時は「狸女優」と呼ばれていたらしい。ところが、肝心のこのヒロインはいっさい歌を歌わない。ハスキーな低音は、当時は悪声と思われたのだろう。僕はいい声だと思う。まあ、彼女に歌を歌わせられない時代だったのだろうと思う。彼女は、今の女優に例えるならば斎藤由貴だ。まさによく似ている。
僕は、この映画が作られた時代を思う。昭和17年、それは太平洋戦争真っ只中だ。こんなバカ映画が、この時代に制作、上映されたという事実に驚愕する。観客は、わずか数十分の娯楽に酔い、そしてまた戦時下の厳しい現実へと帰っていったのだ。この映画は大ヒットした。しかし、軍部は大激怒。この非常時なんたる不謹慎ぞと、監督を見せしめのように徴集し、戦地に送り込んでしまった。ひどい話だ。ファシズム下における日本映画は、第一期黄金時代と言える殷賑ぶりだった。もちろんそれは、検閲との戦いである。このことについてはまた書こう。