2007年12月30日

956 下を向いて歩かう

 今年は、サブプライム一色だった。この言葉を何度目にし、聞いたことか。ほとんど毎日だ。来年三月までには、損失金額が明らかになるだろう。一月あたりに、またどかーんと、日経平均が14000円台を切るような爆弾日が来そうだ。日本は、はっきり言って下降期にある。60年後には人口が8000万人になるという。いいことだ。こんな狭い国土に一億二千万人なんて気違い沙汰だ。少子高齢化の波に飲まれる日本は、経済成長なんぞ2024年あたりまでないだろう。坂本九は、「上を向いて歩こう」と歌いながらも、旅客機が地面に激突して死んでしまった。一寸先は闇。今年の六月なんて、日経平均は20000円を超えるのではないかなどとほざかれていた。今は、下を向いて歩く時代だ。自らの生活を防衛するのが第一義であり、上昇志向なんて言葉、いくらマスコミがもてはやそうがすでに死語だと思ったほうがいい。円高の恐怖が叫ばれている。人によっては、1ドル90円台がくるとのたまってるのもいる。僕は、そんなことはないと思う。円高になっても105円になってもストップすると確信している。円高がトレンドになるとはとても思えないからだ。「上を向いて歩こう」は、まさに高度経済成長の始まりを告げる歌だった。何もないけど、希望だけは売るほどあった時代(「三丁目の夕日」か)を象徴する歌である。今は、「下を向いて歩こう」の時代である。泣きたいやつはどんどん泣けばいいのだ。小金はそこそこあっても、希望だけはない時代なのだから。そういう覚悟で生きて行かなければ。

 今日のビデオ三昧。「年ごろ」「兄貴の恋人」「伊豆の踊子」。昨日テロリズム時代劇特集を見てげんなりしたので、さすがに今日は、永遠のアイドルである内藤洋子をたっぷりと堪能する。短歌もそうだろう。好きな歌人ばかり読んだら飽きてくる。たまには、嫌いな歌人(例・加藤治郎)を読むのもおつなものである。今年も終わる。このブログを通して謝りたいが、僕は筆不精だ。いろんな歌集を送ってくださるかたがたがいる。感謝している。ただ僕は、面倒なのでいちいちお礼状は出さない。しかし、しっかり届いた本は読ませていただいております。筆まめで、ろくに本も読まない人よりはましだろう。このブログも、始めて三年以上経つ。初期の頃から読んでくださっている読者のかたがたには深く感謝している。僕は歌壇にしがらみを持たない。持とうとも思わない。よって、来年も、今年以上に過激な意見をここに書いていきたいと思っております。このブログをどうかみなさん、来年もよろしくお願いいたします。読者の皆様、よいお年をお迎えくださいませ。

      今日の一首

墜ちてゆく恐怖を思ふ♪上を向いて歩こう♪と唄ひし坂本九の 黒田英雄
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2007年12月29日

955 谷村はるか「中之島」〜直観力!〜

 「短歌人」一月号に、「短歌人賞」の発表があった。今年は、受賞作なしということだ。なんでやねん。谷村はるか「中之島」で文句ないではないか。たとえば、「塔」では、僕は田中雅子や有友紗也香の詩の世界に目を引きつけられた。「短歌人」では誰だ、と問われれば、ダントツの若手は谷村はるかである。彼女の都市詠は素晴らしい。今までになかった詠いっぷりだ。都市を、ただ写実するのではなく、その中に、「われ」の視点と「われ」の痛みを刻み込み、まさに都市を、記憶の痛みとして見事に詠い上げている。こんな歌人を、僕は他に知らない。つまり、彼女の都市詠には、彼女の肉体感覚が深く刻み込まれているのだ。「中之島」から何首か引く。

記憶染みつく街をまた訪うあの過去を悔やんではいないという演技 谷村はるか
否、未練している演技すらできず靴ずれの痛みに息を吐く
訊かれれば道を教えるいつだってそこで生きてきた人のふりをして
チャチな背中に弱ささらして気づかない男みたいだこの町のビル街

 他ほか、秀歌ぞろいである。なじぇ、「短歌人」はこの連作に短歌人賞を与えなかったのか。僕には理解できん。僕は、彼女を推した藤原龍一郎と、西王燦によるこの作品への評を断固支持する。それ以外の選考委員は、この作品に対して、黙殺という仕打ちを与えた。俺は、この黙殺に関わった連中を決して今後とも評価すまい。これは、うっかり見落としたなどというレベルではなく、意図的な無視であろう。「短歌人」お歴々も底が知れたというものである。身内に、このような宝が光っているというのに、評価しようとしない幹部では、「短歌人」の未来も暗いというものである。また谷村はるかは、2006年短歌研究新人賞で、「ドームの骨の隙間の空に」という傑作連作で候補作にまで残っている。僕は、なんでこれが受賞できなかったのかさっぱりわからなかった。この年の受賞作と次席は、言葉と修辞の遊びとしか思えない、「カシスドロップ」と、「Waterfall」という、読むだに目のくさる、選者のじじい弄りに徹した二作であった。
 僕は、特に新人賞はそうだが、その選ぶ基準というのは、選ぶ歌人の器(スケール)の計られる場であると思う。くどくどと細かい僅瑕ばかり並べて、木を見て森を見ず、という選評ばかりだ。結果として、毒にも薬にもならん、マイナスポイントのない作品ばかりが選ばれているというのが現状だろう。たとえば、寺山修司を見出した中井英夫はどうであったか。中井は無条件で寺山の歌をすべて受容したわけではない。応募作の多くをペケにし、なおかつタイトルまで変えるという暴挙に出た。しかし、それでも中井が寺山を独断で受賞者としたのは、中井の直感が、寺山の詩人としてのスケールを見抜いたからである。今の選考委員どもに、そんな直観力があるのか!?器(スケール)というのは、独自の視点、方向性をもって、韻律に挑んでいる作者の独創性を見抜けるか否かにかかっている。今の選考委員どもに、それはない。はっきり言って、こいつらよりも、俺のほうがスケールの大きい新人を選ぶ自信がある。こいつらに欠けているものは、新人を選ぶ直感力だ。俺のほうが、直感力に関してはまさっている。歌壇の不幸は、優れた選者に乏しいということだ。まあ、中井英夫、塚本邦雄と黒田英雄くらいなものであろう。たとえ、他の一流歌人に褒められようと、俺が無視している限り駄目だと分かっているがいい。それにしても、谷村はるかが無冠であるという現状が俺はさみしい。彼女は、独自の視点と主観で都市を詠っている、器の大きな歌人であると僕は断言する。短歌人幹部諸氏よ、どこに目をつけておるのだ。

 年末、このときはまさにビデオ三昧である。今日は、「暗殺」「竜馬暗殺」「十三人の刺客」のテロリズム時代劇の三本立てを鑑賞した。まさに、俺も誰かに天誅を加えたい心境でござる。標的となる歌人、いるねえ〜〜〜。ベテラン、若手を問わず。諸君、歌人の価値というのは、その作る歌によって決まるのではない。どいつもこいつも、ある年数やってれば、そこそこの歌は作れるのだ(例外は多いが)。彼らの選歌にこそ注目すべきだ。選歌が駄目な歌人、これは三流の歌人である。選歌にこそ、歌人の思想というものが、透けて見えてくるのである。
 なんか、俺の印象だが、肉体の存在を実感させるような作風は、選歌の現場では嫌われているのか。それでは、中城ふみ子を排斥したかつての歌壇と変わらないではないか。これじゃあ、寺山修司が歌壇を去ったのも無理はない。とにかく、今の歌壇において、選考委員に直観力というものはまったくない。
ニックネーム 茶トラのみんく at 23:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

954 「短歌人」会員欄秀歌選下半期ベスト29

 「短歌人」の作品は、ドラマ性の強いものが多い。ドラマ性というのは、映画のワンカットに描かれたようなシーンが、歌に描かれた場合に抱く僕の印象だ。これが「塔」の歌との大きな違いだろう。「短歌人」の歌は直截的である。「短歌人」の場合、僕はそんなに急いでチェックに専念せず、ゆっくり読むことと併走させて選歌をしている。つまり、掲載歌の数が多からず少なからず、ちょうどいいということだ。では、今年下半期のベストをアップする。読み過ごされがちな歌かもしれないが、僕は非常にドラマ性の高い秀歌を選んでいるのだ。読者には、一首一首じっくり鑑賞していただきたい。何度読んでも飽きない歌だ。

      「短歌人」会員欄秀歌選下半期ベスト29 

この文字をなんと読むかと医師が言う癌(がん)ですそうだと宣告終わる 神林千代松

「退職をします」と切り出すカウンセラーの眼を見なければ、初めて見る眼 生野 檀

死者の都(ネクロポリス)王家の谷を跋扈する資本主義者はサングラスして 藤田初枝

樋井川のコンクリート護岸にまぼろしの若草あをく萌え出づるなり 三良富士子

「またおこしくださいませ」と言う声に応えるためのマニュアルがない 久保寛容

前向きに生きなさいよと師の言葉目を閉じ思う前向きの前 山崎カツ子

親日ならず親日本語であるといふ黄雲芝句会率ゐて 野上佳図子

寂しさは常盤木落葉の散りざまよ風も吹かぬに人も来ぬのに 坂井あゆみ

歌一首残していつた旅行者の 春の鞄の古傷みたいに 矢野佳津

早朝にコンビニでパン買いし吾の証人は若き店員ひとり 関 浩子

地下街の出口を塞ぐ夏空を目指して登る汗にまみれて 関根忠幹

まなかひを悪事のよぎる顔ひとつ回転扉に行き違ひたり 平居久仁子

「純粋」の意味とは?白にも濃淡があることを知る霧深き朝 里川憐菜

戦後史のさ庭に揺れる白菖蒲、白は無念と言ひしひとあり 松岡壱八

雨の日に窓磨かむと決めたるは母亡くなりしのちのことなり 朝生風子

「かけがえのなき命を生きよ」小鳥ほどの軽い命に生まれたかった 生野 檀

不夜県に盆提灯は朧々(おぼぼ)しくコンビニ前にたむろする霊 伊波虎英

ビル風が笛のごとくに鳴る夜更け入院の夫と小さく眠る 菊池尚子

寝る前の儀式がひとつ玄関の戸を開け向かいの明かり見つめる 戸川純子

退屈と思いて誤魔化す現実は十五を過ぎた夜と変わらず 竹田正史

色々の歌集を読んで有名になりたい人の悲鳴聞きたり 大畑敏子

お祭りのはずれは白くしんとして君の輪郭あさくするどく 尾方 裕

生まれれば生きるほかなし蝉の殻あおきの葉先に残されており 野中祥子

窓枠は額縁のごとし病室より日々に富士みて父は死にたり 成田さだこ

青虫を造花の固き葉のうへに置きし五歳の小さき反抗 中島敦子

あと四十年生き延びヤツ等の死に絶へし故郷の土踏み万歳をせん 西尾睦恵

庭に育つ胡瓜は妻のいない間に化け物のごとくぶらさがりゐる 森川武彦

どんぐりを抱えたリスの子のように母の骨壷少年は持つ 後藤祐子

傲慢は弱者にもある、と呟けば冥き淵より応(いら)へは漏れ来 斎藤 寛

 以上29首、掲出歌のほとんどが、どの選歌欄にも採られていない。そこそこの歌を詠む人は多いだろうが、僕は、その選歌眼というものをほとんど信用していない。それに関しては、「塔」も同じである。ここ数年の新人賞のつまらなさを見よ。これに関してはまた書く。「料理の達人」という言葉があったが、「選歌の達人」とは、故塚本邦雄と、わたくし黒田英雄のことであろう。
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2007年12月26日

953 私の名歌鑑賞その4〜若山牧水〜

 今日は、若山牧水の超ウルトラスーパー有名な歌を取り上げたい。

幾山河越えさり行かば寂しさの終(は)てなむ国ぞ今日(けふ)も旅ゆく 若山牧水

 まず、この歌を見たまま解釈してみよう。多くの山川を越えてゆけば、この私の孤独もいつか満たされるであろうと信じつつ、私は今日も旅をしていくのだ、ということか。四句目の「国」というのがミソである。牧水は、果たして本当にそんな国の存在を信じていたのか、あるいは、てんからそんなものはないと悟りきって旅をしていたのか。僕の考えでは、これはその中間というところではなかろうか。ここは植木等先生にならって言ってみようではないか。「♪わかっちゃいるけどやめられないほれスイスイスーダララッタ旅をゆく♪」。そして、この歌からイメージされるのは、あの、「木枯し紋次郎」である。あの名主題歌「だれかが風の中で」の歌詞。

 どこかで誰かがきっと待っていてくれる
 雲は焼け道は乾き 陽はいつまでも沈まない
 心はいつか死んだ
 ほほえみは会ったこともない昨日なんか知らない
 今日は旅を一人
 けれどもどこかでお前は待っていてくれる
 きっとお前は風の中で待っている

 いい詩だあああああ。僕は牧水の歌の世界と、紋次郎のこのテーマソングに共通するものを感じるのだ。
 「木枯し紋次郎」というキャラクターを創造したのは笹沢左保という作家だが、そのイメージの大半を作り上げたのは第一期テレビ化のメイン監督であった市川崑の方向付けと、夫人であった和田夏十(多くの名脚本もものしている)の手になるこの歌詞だろう。今、「懐かしの時代劇を回顧する」などの企画本で紋次郎が取り上げられるとき、バカのひとつおぼえみたいに言われるのが「虚無の極みのような旅を続けながらもどこかで人と人との絆を求めている」人間像、というものだ。しかし実は、これは主題歌に引きずられたイメージであって、原作でも、あるいはテレビドラマの中でも、紋次郎は決して絆を自ら求めたりはしていない(自慢じゃないがうちには岩田専太郎先生挿画の初版ハードカバーが揃ってるぞえっへん)。拒んでも拒んでも、紋次郎というハードボイルドな優しさに絡みついてきてしまう人間関係が問題なのであって、紋次郎本人は自らの優しさから永遠の逃亡をはかりつつ毎回結局は捕まってしまう。心のどこかで待ち人、つまり「約束の土地」を求めているヒッピー的感性からは決定的に隔たっているのが木枯し紋次郎なのだが、ではなぜ、この主題歌がかくも番組にフィットしたのか。
 つまり、紋次郎は、人間はとどのつまり孤独なのだと骨の髄まで知った上で旅をしている。しかし、和田夏十の凄さは、原作のヒーローである紋次郎自身ですら気がついていなかった、詩的憧憬を見抜いたところにある。そこに、牧水の「果てなむ国ぞ」というフレーズが重なる。まさに、果てることのない旅路に、いつか果てるかもしれない(多分それはない)悲しみが共に見てとれるではないか。だから、僕には、牧水の旅する思いと、紋次郎のそれとが、重なって見え、この歌に、木枯し紋次郎を彷彿とさせられてしまうのである。そして、この牧水の歌は、昨日書いた私の短歌五箇条ご成文にすべて沿っている。すなわち、具体、身体性、抒情&諧謔、ドラマ性、作者の顔、すべて備わった名歌中の名歌であると言ってよいだろう。
 牧水の歌と紋次郎を繋いだエッセイを書くのは私ぐらいだろう。文学馬鹿の歌人どもにはこんな文章は書けまい。なぜ、結社誌や総合誌は私にエッセイを頼まないのだろうか。毎月毎月、万天下をうならせるほどの面白いエッセイを書いたるぜ。何度も言うが、いったいに歌人のエッセイはつまらん。エッセイに関して言えば、私のほうが彼らより数段上であると自負している。その証拠は、このブログの、短歌ブログ中では群を抜いた読者数なのだ。短歌誌は、売りたいと思ったら私にエッセイを連載させればいいのだ。ただし、私は有名歌人をおそらくボロクソのクソミソに言うであろう。それが怖いんだろうな。総合誌も結社誌も、とどのつまりは、ヘタレの集団である。加藤治郎批判のおおやけな批評を、俺に書かせろよお〜。加藤シンパが反論を言ってきたら、また反論を言ってやり、大いに歌壇を盛り上げたいと思う。とにかく歌人は、読者に読んでもらうための文章、というものをもっと考えていただきたい。それは、喧嘩を仕掛けることだ。歌壇に最も欠けているものは、観客を意識した娯楽性である。わかっとるのか、おまいら。

      今日のMYビデオ
 「暗殺」(昭和39年松竹京都、篠田正浩、原作・司馬遼太郎、脚本、山田信夫、撮影・小杉正雄、音楽、武満徹)丹波哲郎、木村功、佐田啓二、岡田英次、小沢栄太郎、岩下志麻、早川保、蜷川幸雄、清水元、竹脇無我。

 この映画を久々に鑑賞する。丹波哲郎の代表作と断言していい。♪奇妙なり八郎♪と謳われた清河八郎を、抑制を利かせた演技でその強さと弱さを的確に表現している。これは、演出の力と言えるかもしれないかもしれないが、丹波の創造力によるところ大だろう。まさに、切れば血の出るような演技である。丹波ファンを自称するなら、この映画を見なければ意味がない。あの、独特の節回しをする過剰なナルシズム演技をもって丹波を絶賛する連中はバカである。この映画こそ、丹波哲郎を名優たらしめた一本である。「ノストラダムス」や「砂の器」のどアップ演技(?)によって、丹波をトンデモ役者とのみ喜んでいる人々は、この映画を見て愁眉を開くべきであろう。丹波哲郎は、実は名優だったのである。
 考えてみれば、私は、短歌界の清河八郎かもしれない。簡単には葬られないぞ。啄木もそうだが、清河八郎が現代に生きてたらきっと過激なブログを展開しただろうなあ。そして狂犬扱いされていたに違いないのだ。上層部をびびらせながら。
ニックネーム 茶トラのみんく at 21:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年12月25日

952 短歌五箇条のご成文〜「塔」下半期「陽の当たらない名歌選」ベスト二十五〜

 ひとつ。歌は、具体をしっかり描かねばならぬ。
 ひとつ。歌は、身体感覚を持たねばならぬ。
 ひとつ。歌は、溢れんばかりの叙情性と、寸鉄人を刺す諧謔性を持たねばならぬ。
 ひとつ。歌は、ドラマ性を持たねばならぬ。
 ひとつ。歌は、作者の顔が見えなければならぬ。

 以上、黒田英雄の短歌五箇条のご成文である。これに最もふさわしくない、アンチ黒田と言うべき歌人は、皆さんご期待のとおり、加藤治郎である。私の歌の主旨と、彼の歌とは対極の位置に存する。彼の歌集は面白いけど、読んでいてイライラしてくる。一言で言って修辞遊びに過ぎない。「塔」下半期ベスト を発表する。強烈に印象に残った歌たちである。また、私のマニフェストに沿って選ばれた歌たちである。じっくり鑑賞していただきたい。
http://hideo.269g.net/article/4575984.html
 ↑上半期のベストはこちら。対聨として味わっていただければ幸いである。

      「塔」、「陽の当たらない名歌選」下半期ベスト二十五

卒寿にて襁褓換えるを拒みいる母は赤線に売らるるを恐れ 中尾純子

母はその母にも死なれ目の前のわれの数へる札にひれ伏す 朝井さとる

妻を亡くしし人十日経て出でて来ぬ許されし休暇は十日であれば 荒井直子

あさましき平和の顔がのっそりとひめゆり部隊の壕を覗きぬ 関野裕之

その昔こころ病む人住んでをり「天文学者」と皆に好かれし 古賀公子

捨てて捨てて物無くなりし押し入れの闇が恐いよ眠れぬ夜は 前橋一二子

子の指の触れしほくろか並びゐる子の恋人の頬のほくろは 梅田啓子

逝きし父壊れゆく母元気な祖母 こんな人生仕組まれてゐた 田中律子

窓暗く雨ふりやまぬ日の暮れは候文のこいぶみが欲し 徳永香織

いちどきりキヤツチボールをしたときの原つぱにまだ父は佇(た)ちをり 久保茂樹

隣室の号泣背に聞きながら静かにドアを閉め退院す 若松忠雄

一丁の豆腐を提げてゆうぐれは知らない路地に入りたくなる 徳重龍弥

始まりと終はりある旅物干しに忘れしシャツのごと我を待つもの 大河原陽子

たちあふひ咲けば思ほゆ押入れの奥より蚊帳をはじめて出す宵 渡辺のぞみ

センサーを空より越えて椋鳥は原爆ドームの草生ついばむ 上條節子

夢といふさびしきものを見しのちを娘はゆつくりと老いてゆくなり 澄田広枝

道端で糞する犬をつぎつぎとヘッドライトは照らしてゆくも 西本照代

横を向きシャープな顔を夫は見せ「じゃあまた明日」と逝ってしまへり 古賀公子

戦闘の合間に食みし乾パンの噛む音不意にす駅の地下にて 藤本北夫

ソ連軍戦車を前に捨てし馬夏草の中頬寄せて来し 福代加根夫

塔はまだかまだ来ないのかと繰り返す八十五のあるやもしれず 橋本英憲

振り返り振り返りしつつ残照に消えてゆきたり写真の犬は 山下れいこ

おのずから淘汰をされて地に還る栗の毬かも青き寄り添ふ 藤本北夫

点線に沿って切り取るかなしみのこの人もまた味方ではない 松村正直

「原爆の子」観しのち食べた支那そばの麺碼がどうして今ごろ泛かぶ 石原しょう子

 もちろん、この他にもいい歌はたくさんあったが割愛させていただく。数多くの歌から僕が独断で選歌しているが、ぢつにいい歌ばかりだと我ながらうっとりしている。これらの歌の大半は、「塔」の選者も、あるいは会員諸氏も取り上げていないものばかり。ただし何首かは、「百葉集」と重なっている。僕は、「塔」の歌人と自分とは、歌を読む姿勢が決定的に違っていると思っている。何か根本的に、全く相容れないものがあるのだ。だからこそ、この名歌選を、毎回リキを入れて発表しているのだ。自分がいいと思った歌、それが名歌。選者が選ぶ歌だからいいと思ったら大間違いである。私に選ばれた歌をこそ、その歌人は代表歌とすべきだと思うのである。文句があるなら言ってみろ。いつでも反論してやる。
 なお、短歌人の下半期秀歌選は後日。
ニックネーム 茶トラのみんく at 22:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年12月23日

951 歌論より、歌人を語れ

 一瞬、夢を見た。マツリダゴッホは押さえていた。馬群から、ロックドウカンブが抜け出す、と思ったが4着。今年もしっかり、JRAに税金を納めて競馬を終わる。まだ計算してないが、今年の回収率はたぶん85パーセント前後だろう。来年も、また、京都金杯からスタート。永遠の円環活動だ。でも、競馬に参加できている、ということがきっと幸せなんだ。負けたときには、歌ができる。今日も、あっという間に5首できた。「短歌人」に出詠したいと思う。

 「短歌往来」1月号を読む。もっとも、私が買ったわけではなく、ある方が送ってくださったのだ。特集「歌人のエピソード」が非常に面白かった。歌壇史とか、こういう歌人の逸話を語る文章をもっともっと読みたい。正直、歌のみを取り上げる歌論にはうんざりしている。たとえば、仙波龍英の、その歌への評論なんか読むより、仙波その人のプライベートな人となりや人生を語った文章を読むほうが、歌を理解する上で役立つと俺は思う。近年、どこぞのフランス人だかが寝言で言ったテキスト主義、とか言うものが日本のエセインテリの頭を直撃し、「作品は作者の人となりや経歴や何が言いたかったかを無視したうえでテキストとして読む」などという超バカな文学理論が横行しておるらしいが、きっとそれは自分では何も生み出せないか、特筆するような文学的エピソードのない連中がはやらせたヒガミの産物に違いない。なんだかんだ言って、特別な作品の作れるやつは特別な存在なのであり、特別なのだからその変態ぶりをみんなで賞賛しつつ週刊誌的興味で観察すればいいものを、ダメな演出家と同じでダメな歌人どもが役者(歌人)に嫉妬しことさらに潰したがる。もちろん、同じ環境、同じ逆境にあっても何も創造できないやつが大部分なのだがそんなことは問題ではない。表現者の道を選んだ以上はハダカ芸人と変るところはないのであって、自分のことは棚に上げて目立つもののことをあげつらうスキャンだリズムに鑑賞者は酔えばいいのである。鑑賞されるものはそれを恐れてはいけない。
 佐藤佐太郎のエピソードが面白かった。彼は、お洒落でダンディーであったという。しかしそれは、華美の飾りたてるという意味ではなく、身につけるものは軽くしておきたいという合理主義から来たものだったのだそうだ。確かに、上質な衣服というのは軽い素材でできているものである。僕も、お洒落ではないが、靴はスニーカーを履くことにしている。なぜなら、これも軽いから。超スピードで、木枯し紋次郎のごとく町を歩けるからだ。私の歩くスピードは凄いよ。だから、集団でだらだら歩くというのがこの上ない苦痛なのである。僕は、佐藤佐太郎という歌人が好きである。何故なら、その歌から感じるイメージが、無骨であるからだ。やはり、本人もそういう感じだったらしい。僕は、チャラチャラにこにこと、歌壇のお偉方に近づいて行くような輩が大嫌いである。佐太郎にも、そういう潔癖さがあったんじゃなかろうか。
 この号には、佐太郎のいい歌が掲載されている。

足軽き靴よろこべどはき慣れて音なき歩みあるとき寂し 佐藤佐太郎

 ぐっと来た。歌人多しと言えど、佐藤佐太郎と藤原龍一郎ほど、僕と歌の根っこを共有できる歌人は他にはいない。また、土岐善麿が愛煙家であり、ことに缶ピースを愛したというエピソードが面白かった。この歌人は、啄木を世に出すという優れた業績を残した人である。もちろん本人の歌もいい。この人の写真を、僕は初めて見た。こういう企画は、どんどんやっていただきたい。たとえば岸上大作にしても、彼の歌について論じた文章は山ほど読んだが全然面白くない。岸上本人のその痛切な生い立ちや人生を詳述した本を読んだほうが、よほどその歌が理解できる。短歌という文学はそういうものであり、テキスト主義とは相容れない、まさに私小説的文学だと思うのだ。だから、こういう歌人本人のエピソード論というのは非常に貴重である。それによって、作者の歌が本当に理解できるのだ。いい歌を書く人の人生に、特筆すべきエピソードがない、などということは絶対ありえない。私にも、そうしたエピソードは多々あるが、いかんせん誰とも交流しないので後世に伝えるすべがない。エピソード抜きで語られる短歌が可能だとしたら、それは唯一私の短歌のことであろう(笑)。
ニックネーム 茶トラのみんく at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

追記12/23

 ダイワメジャーを切ると言ったが、やっぱり買う。馬連4−8。だって、5380円もつくんだもん。当日は多分、何点か切るな。
ニックネーム 茶トラのみんく at 01:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

950 幸福の定義〜あ、あっという間に有馬記念〜

 有馬記念が、もう来てしまった。結社誌と競馬新聞を読んでいたら、一年は本当に早いと思う。今年がよい年であったかどうかは分からないが、少なくとも、一年間、競馬をやり続けることができたということは幸せなのかもしれない。競馬に参加できない状況というのがあれば、まさに不幸せのどん底なのだろうと僕は思う。
 さあ、有馬記念。とにかく的てたい。愛知杯を回避して、その賭け金を有馬につぎ込む。軸馬は、ロックドウカンブか、ポップロックかでずいぶん悩んだが、初志貫徹でロックドウにする。この馬が菊花賞から有馬へ出るのなら買おうと思っていた。重心の低いフォームから繰り出されるピッチ走法、揉まれ強い気質、前走の菊花賞は、位置取りが完全に間違っていた。負けて強し、である。有馬記念で、騎手がキネーンだから勝つ、などというバカなシャレを読んでちょっと不安だが、GTホース馬にも、それほど決め手となる強さはない。秋天、JCを見ればわかるだろう。経済コースをとった馬が勝っているだけだ。この馬はセンスがいい。斤量53キロというのも魅力的、十分勝負になると判断する。馬群を突き抜ける根性を持った馬だ。相手筆頭は、ポップロック。▲は、そのポップロックを二度の不利がありながら京都大賞典で押さえて完勝したインティライミ。この三頭の三角買いは必須だろう。ダイワメジャーは、切る。
 前日予想結論。馬連本線、6−8、8−12。タテ目、6―12。以下、やや厚め、1−8、8−16。フラットに7−8。穴、2−8、3−8、8−14。一応買い目は、この9点。もっと絞るかもしれない。ああ、今年の競馬も終わる。短歌と競馬をやってたら、まさに一年は須臾のごとし。幸福の定義は難しいが、僕は、一生短歌を作り、競馬ができる状況にいられれば幸せなんだと思う次第である。
ニックネーム 茶トラのみんく at 00:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年12月20日

949 竹中平蔵を日銀新総裁にせよ。

 今日、日銀で金融政策決定会合が開かれた。笑っちゃうね。あの利上げ屋の水野某でさえ、金利据え置きに賛成したと言う。全員一致を見たのは半年ぶりだとか?当たり前である!今、世界は米国のサブプライム問題で七転八倒している。FRB(米連邦中央理事会)は、来年一月にまた利下げしそうだし、イギリスでさえ何年かぶりの利下げをした。また、欧米中央銀行ですら、資金供給をアメリカに約束している。アメリカのサブプライムの焦げ付きは今や60兆円を越えるという。世界がこの損失を補填するのは当たり前だ。日銀は、いつもそのコメントの最後に利上げを示唆している。これは違うだろう。一年間の利率据え置きを宣言するか、あるいは国際協調の上でも利下げをすべきだろう。0・5%から0・2%に下げるということだ。それが世界の潮流である。福井日銀総裁の任期がいつまでかは知らないが、もう辞任すべきだろう。この人の経済感覚は、日本にとって損失である。僕は、竹中平蔵こそが日銀総裁にふさわしいと思う。彼は、非常にシビアな経済感覚を持っている。経済には、このシビアな視点こそが必要なのである。
 日本は、アメリカの艦隊にアブラを分けてやるのやらんのと、そんなことが今問題なのではない。このサブプライムこそが、明日の日本の浮沈を左右する重大問題なのだ。新興国家中国ベトナムが好調?ダメダメ、米経済の実態が上昇しない限り、こういった新興国家の繁栄もバブルに過ぎない。僕は、経済的に見て、アメリカ以外はアメリカの属国であるとリアリズムで思っている。アメリカがくしゃみをしたら日本が肺炎になるという警句は今でも有効なのである。サブプライムの損失補填には日本の銀行も出資せよと欧米の銀行がのたまっているが、これは正論である。早くも、週刊新潮みたいな右派雑を誌がこれにクレームをつけているが、弱小国のくせにそんなこと言えた義理か。サブプライム問題の深刻化は日本の輸出産業にも影響を及ぼし、結局日経平均をも引き下ろし、不景気に拍車かけるだろう。週刊新潮のごときは、目先のアメリカ嫌いに飛びつくにわか右翼に媚びるえせナショナリストであり、こういう手合いが、戦前国連をえばって脱退した松岡のごとく、結局は母国を滅ぼす元凶であり、真の亡国の徒なのだ。
 それにしても、白色人種というのは凄いと思う。資本主義というのもせんじつめればキリスト教の歴史の紆余曲折の中で発展してきたものであり、その最も合理的な形が完成したのが移民の国アメリカであるのだろう。僕は、このアメリカの合理的資本主義を非常に愛している。今回のサブプライム問題への対策のあり方も非常にす早い。日本の、バブル崩壊後の銀行の負債隠しとはえらい違いである。日本は、すべてが明らかになるまでに十年以上かかった。多分、欧米人には基本的に、真実は明るみに出されてこそ価値がある、という観念があるのだろう。太平洋戦争にあたって、アメリカは、敵国日本を徹底的に研究したという。日本はどうか。ただ、表面的に敵性国語を禁止し、アメリカ人のメンタリティーを研究しようなどとせず、そればかりか、英語のできる人間を弾圧したのである。しかも、東条内閣の馬鹿どもは、「適当な引き分けで終わらせよう」などと思っていたのだそうだ。白色人種にドローという概念はない。こんなばかたれどものせいで、有為な若者たちが何万人と無駄死にしたのである。しかも、こんな馬鹿たちと一緒にヤスクニとかいう場所に祀られているという。こんなお笑い草の国家はない。中国韓国にもバカにされて。まあ日本は、白色人種とケンカしないがいいだろう。勝てるわけがない。経済戦争は、ボーダーレスである。実は、この概念が世界平和を支えるのである。これは、イスラム諸国や少数民族までが、アメリカ式のグローバル・スタンダードに屈するべきだ、という意味ではない。しかし、思想宗教の独自性よりも、経済の安定は上位に位置すると僕は考えるのである。なぜなら、近代における戦争の理由は、宗教に名を借りたとしても結局は経済問題に帰するからだ。日本を駄目にしているのは結局のところ、見栄っぱりのナショナリストである。こういう、自制心の足りない似非右翼が国を滅ぼすのである。そういえば、今年を象徴する漢字に選ばれたのは「偽」だったな。エセ右翼ども、死ね!
 いよいよ、有馬記念がやってくる。私の今年最後の経済活動である。軸馬は決まっている。乞御期待。
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2007年12月19日

948 「塔」12月号「陽の当たらない名歌選」その2

 赤丸歌、真中欄190首。栗木欄160首。花山欄作品1、181首。計531首。「塔」12月号、赤丸歌総数963首。

      「塔」12月号「陽の当たらない名歌選」その2

塔はまだかまだ来ないのかと繰り返す八十五のあるやもしれず 橋本英憲

低空で入り来し爆撃機の飛行士の笑いまさしく見し私の眼 尾上紫都

まづさうに父は食ひをりわが妻の実家が送つてくれたる蕎麦を 吉田健一

獅子のごとくさめする父猫のごときくさめする母と息子言ひけり 伊藤てる子

ガラス器に敷きし青紫蘇に陽のさしてとうふの角の美しき朝 石原安藝子

ゴホゴホと咳込み止まぬ老人に寄り添ふ猫の細き鳴き声 海野 翔

自由とは孤独に生きることだった孤独の中を自由に生きよ 川岸那有

敗戦の放送聞きてたじろがず「また維新や」と老爺云いたり 児島良一

救急車に臥したる義母の口をつく外出用の下着でないと 鈴木美代子

解体の家の梁からこつとんと落ちしかたまり、乾びしねずみ 豊島ゆきこ

山峡に法螺貝ひびく雨の午後三十三戸安息に入る 中村佳世

福祉事務所(さげふしょ)へ通ひて我は不要品と知り得たり気の楽になりたり 中瀬真典

振り返り振り返りしつつ残照に消えてゆきたり写真の犬は 山下れいこ

「おう澤村、歌を詠め」などと言はれつつ夕日をともに眺めていたり 澤村斉美

エレベーターホール混み合う正午すぎ 後ろ手とうは男のしぐさ 秋葉陽子

短歌にも音痴はありて突拍子もないところから声が出てくる 荒井直子

露草を怨の色とも思ひをり病めば自づと心弱りて 廣 鶴雄

かたわらのひとに告げたり夕焼けが夏の畳にしみこむ匂い 岡本幸緒

竹ぼうき西日に影を伸ばしゆく柿の根元はおんなの鬼門 山下裕美

六十歳以下は入れぬbarありて端正なひげのバーテンいるらし 白伊沙和子

縁を切るそれ人生の後退と人は言えども後退とは何 梅谷 豊

とほ闇の雷の光を反射させ時折見ゆる雲の苦しみ 國森久美子

昨日へと流れる川のように見ゆ 反対車線の二列のひかり 徳重達弥

義経の身の丈五尺出歯にて狐目猫背文献は残酷 永倉常一郎

生き続けて欲しいのでなくただ、死なれては困るというだけの励まし 保村たまき

いく個所も書き直したる母の遺書の三十年前の下書の出づ 広瀬俊子

自分ではなく猫のこと市役所に来るホームレスの相談ごとは 八鍬友広

現在(いま)なれば小学六年ほどのサイズなり街の戦争展の軍服 山本貞子

よそよそしい街並のなか求人誌渡してくれたサンタクロース 山上秋恵

寝たきりの義父となりたり会えばまたノモンハンから歩きはじめる 歌川 功

 以上、計三十首。読者には、これらの秀歌をじっかり鑑賞していただきたい。
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947 「短歌人」HPと、主催者の責任について

 「短歌人」のホームページが刷新されたというので、新しいアドレスアクセスしてみた。
 ななななな、なんぢゃこりわ。
 やる気あるんかい。
 まず、ホームページに不可欠な「掲示板」というものが見当たらない。これでは、「短歌人」会員の交流の場にならないではないか。要は、HPの管理人が一方的に告知することが書いてあるだけだ。なめとんのか。今からバージョンアップしていくようなことを書いてあるがその日付が11月17日だ。きっかり一ヶ月である。一ヶ月の間何をしとったんじゃい。社会保険庁でもあるまいし、やる気がないんだったらやめちまえ!なんか、管理人が変ったについての刷新だという。なぜ変ったのか、そのへんの事情は僕にはわからないが、同じ結社の会員として言わせてもらえば、現在の「短歌人」HPは、あってもしょうがない状態で、墓場も同然である。だいたい、雑談を書き込む場がないというだけでやる気のなさが伝わってくるではないか。「短歌人」のHPまでもが、某結社や某結社のそれみたいにゴーストタウンと化するのは見るに忍びないので、それくらいなら消えてくださいと言ってい  るのである。何か、このような中途半端な刷新を行った事情があるなら、教えていただきたい。他の「短歌人」会員は、このことになんの不服もないのだろうか。それと、「会員のホームページ」へのリンクが今のところ張られてないのでこのブログの読者数まで減っておるではないか。これは、いいいいいい陰謀だ!しかし逆に、「短歌人」経由でここを読んでいるかたが多いことがわかった。今さらながら感謝します。

 昔、短歌をやり始めた頃、主宰の死亡とかで結社がなくなってしまった歌人が、「俺たちみなしごになってしまった」と言っているのを読んだことがある。当時は単純に、「とっととほかに行きゃいいじゃん」と俺は思っていた。が、さすがに短歌生活も七年めとなると、そうも言っとれんという事情がよくわかる。結社誌というのは、自分の歌を発表する場だ。これがなくなるというのは歌人としての死活問題である。発表の舞台がなくなるだけでなく、ずっと陰ながら読んでいてくれた人までなくしてしまうのだから。小説家なら、あちこちの週刊誌や月刊誌に発表したり、他人持ちで本を出したりできるだろうが、短歌はそうはいかない。結社誌がなくなったら陸に上がったカメと同じで、ひっくり返ってじたばたするしかないのである。また、その結社でそこそこやっていた人が、一からペーペーで始めるというのもプライドが許さないだろう。何より、その結社の雰囲気に慣れていただけにいっそう他には行きづらいだろう。俺なんか、「塔」「短歌人」が突然無くなったら、最大の娯楽が消えて、やけくそになって新宿駅で猟銃を乱射するかもわからない。
 こんな話をするのは、愚妻が、今いる結社がなくなったらどうしよう、などと急にのたまい始めたからである。僕は、結社の主宰たるもの、自分が高齢になってきたら後のことをちゃんと決めておくべきだと思う。「歌は作り続けることに意義があります。欠詠だけはしないように」などとさんざん言っておきながら、「じゃ、今日で終わります」って、それは無責任の極みである。たとえば「塔」で言えば、創立者の高安国世は存命中に解散するつもりでいたらしいがとんでもない話である。永田和宏氏が引き継いで一線級の歌人を輩出したのは、偉大な功績だと思う。そのまま解散していたら、吉川宏志、松村正直、真中朋久ほかほか、有力若手歌人だって、世に出られたかどうかわからない。要は、持続するというのが一番大事なことなのだ。辞める、というのは本当に簡単。僕はそれを身をもって体験し、今でも悔やんでいる。持続すること、これこそが偉大なのだ。もしも「塔」や「短歌人」に、持続しがたいような危機的事情が生じれば、微力ながらもなんとかしたいと僕はマジに思っている。突如、表面に顔を出したって構わない。結社は大事だ。未来永劫続けていかなければいけない。会員の為に。それだけの義務を負っているということを、各主催者並びに幹部の皆様は肝に銘じていただきたい。愚妻は、今のうちにかけもちしておくべきかしかしどこに入るべきかと悩んでいる。俺と同じ所には来るなよと釘を差してある。夫婦で一緒の結社にいるというのは、俺の感覚では気色が悪くていやなのである。
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2007年12月16日

946 視点〜栗の毬〜

立方体に重なる歌集の上面は空、側面は波のようなり 花山周子

 これは非常に面白い歌。視点がいい。うず高く積み重なった歌集、これはほとんどが献本と見て間違いないだろう。なぜかと言うと、私ごときの家でも、立方体とまではいかないがマットレスくらいの献本歌集がたまっているからだ(注。ありがたいと思っております、作者の皆様には感謝)。それはさながら、自分の意図しないところで勝手に形成されていく現代美術のようだ。よくあるでしょう、駅前なんかに得体の知れない立体が突然建立され、「自由への飛翔」とか題名のついてるやつが。作者は、徐々に空間を侵食してゆく歌集の山を見たとき、そこに日本人特有の「見立て」の精神を突如として発揮し、つかのまの風流に逃避しているのではなかろうか。いや日本人だけではなく、とあるシェイクスピア劇の主人公が、「このおれのいる牢獄を世界と考えてみれば天井は空」と無理くりに思おうとしたように。そう考えてみると、広がり続ける歌集の山の上面も、カーブを描いて重なる側面も自然の風物と思えてくる。もうじき作者は割れて砕けて避けて散る本の怒涛に埋没するであろうが、それまでのつかの間の慰めである。下句の、側面が波のようだという表現にリアリティがある。

登校する子供の列につきゆけば八十年の生涯軽し 福代加根夫

 作者はたぶん、子供好きか、子供の存在に未来を感じる性格のかたなのだろう。みずからの八十年の生涯が、子供たちの列について行くと軽く思えると言う。僕は作者の思いに同調はしないが、この歌のリズム感が軽やかですごくいい。生涯軽しとまで言い切る、子供たちへの愛が素直に表現されている。子供好きの歌は多いが、このような視点の歌を僕は初めて読んだ。ありそうでない歌だと僕は思う。

昭和二十九年九月二十九日九十歳わが母逝けり九に囲まれて 永井千裕

 母親を詠った歌をずいぶん僕も読んだが、この作者ほど、印象的に詠った人をほかに知らない。「九」の繰り返しを多用することによって、「九」づくしの中で死んだ母親の姿を描いている。普通なら、この「九」を「苦」の比喩と取るだろうが、僕はそうは思わない。ずばり、「究」だろう。同じ連作の中にこういう歌がある。「婦人公論は堕落したねと母言ひき九十歳余を読者たりしが」。志の高い母親であったのだろう。母の死の状況をかんがみたとき、そこに魔術のように「九」という字が頻出していたことに眼目を置いた作者の視点がいい。

おのづから淘汰をされて地に還る栗の毬かも青き寄り添ふ 藤本北夫

 結句が不思議だ。普通だったら、「青く寄り添ふ」となるところである。あるいは、「青きが寄り添ふ」か。しかし、この歌は「青き寄り添ふ」となっている。作者は、他の作品から察するに兵役経験者である。そこから、栗の毬を戦死者の比喩ととることもできようが、戦死した若者たちは決して「おのづから」何かのために犠牲になったわけではない。作者の視点は、国家の為と称する同調圧力に屈して無駄死にをする人間たちの愚行よりももっと壮大で、かつ静かな視点に立って詠っているのだと思いたい。栗の毬が地に落ちるのは、まさに次代のための芽を生やすためであり、もしも栗の実に意思があって自らを淘汰されるべき存在だと思ったとしても、そこに強制や権力は関係していない。その死はあくまでも静かで潔く、戦争の騒々しさとはまったく隔たった澄明さの中にある。しかも、その青々とした栗の毬同士が寄り添っているという情景は、むくむくした可愛い小動物がお互いを温めあっているようにも見える。全ての命は生き延びるだけの価値がある、とするのは実は非常に重荷な考えかただ。そう思うとき、この諦念の静謐さは心に沁みる。淘汰、地、青、などの単語が地上の営為を連想させ、そこに栗の毬の丸さが加わって地球全体をイメージさせている。「青き寄り添ふ」という結句が胸を衝く秀歌である。

 たくさんコメントを書くと昨日書いたがもうやめる。歌評は疲れる。好きな歌は、一言「好きだ」と言えばそれでたくさんなのだ。そうは行かないからいつもコメントを書いている。歌を評するというのは、めちゃくちゃ難しく疲れる作業なのだ。
ニックネーム 茶トラのみんく at 23:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年12月15日

945 「塔」12月号「陽の当たらない名歌選」その1〜歌は直感で読め!〜

 「塔」12月号の名歌選を14日のうちに終える。私が歌を読むスピードはマッハの速度である。ほとんど直感で赤丸チェックをつけていく。もちろん、後から熟読するが、ノーチェックの歌があとからよく見えることは99・9999%ない。直感が大事である。また、いくら選歌欄で評価されていても、つまんねえと思った歌はやっぱりつまんねえ。つまり、私の選歌こそが絶対なのだ。塚本邦雄の選よりも私の選歌のほうが、よいのだ。どうも、名歌選の「その1」と「その2」とでアクセス数にばらつきがある。その原因は、よくわからない。「その2」は、時期を置いて発表します。
 今月の赤丸歌。池本欄若葉集、108首。澤辺欄、137首。吉川欄、187首。計432首。

      「塔」12月号「陽の当たらない名歌選」その1

おのづから淘汰をされて地に還る栗の毬かも青き寄り添ふ 藤本北夫

立方体に重なる歌集の上面は空、側面は波のようなり 花山周子

登校する子供の列につきゆけば八十年の生涯軽し 福代加根夫

未踏の空を初めて飛んだ始祖鳥はやけくそだったのかもしれない 関野裕之

トマの耳オキの耳立つ谷川岳霧うごく瞬時(とき)残雪かがよう 赤塚マスヨ

温泉に浸りて文庫本読む人に近づけばばつと離りゆきたり 相馬好子

きみの名がはじめて活字になりし日よ督促状を見る日がくるとは 太田 愛

昭和二十九年九月二十九日九十歳わが母逝けり九に囲まれて 永井千裕

トランクスの柄の好みが違うなりわが家の男三人を干す 増田美幸

バスから降りる時に見えたる三日月はどこにもあらず 前にをんなが 北神照美

目覚ましが鳴るより早く目が覚めて目覚ましが鳴る瞬間を待つ 相原かろ

メール画面見せつつ会話する聾者二人ありて車内を区切る静けさ 吉田淳美

条幅に何時か母さんの歌を書く子の夢叶い床に掛け見る 井出詩子

爪先に重みを預け上り来て薄白月の真下に立ちぬ 大久保 明

仏前に紙銭を焚けば幼らは互いを見つつ姿勢を正す 大城和子

冬眠の熊はくせなく美味なりとまたぎの娘は明るく言へり 川街疇郢メ

釣師浜踏み蹴る砂の重たかり潮の香仄か日の出待ちおり 佐藤和彦

山の湯の水面にひかる弓月の弦絞らるるわれの裸身に 進藤サダ子

「阿賀に生きる」命の貴さ撮りし佐藤真(さとう)さん飛び降り己が命絶ちしと 鈴木啓三

忘れもの係へ傘を取りにゆけばお礼のように雨降りはじむ 遠田有里子

歌集読む表紙を眺むる朝も夜も有沢螢、われの明滅 山沢靖子

ドサッという音して蛇の土間に落つ燕の卵みっつほど飲み 渡辺久美子

通夜にゆく我に添ふごと虫は鳴き晩夏の闇のいよよ濃くなる 植松文子

もう一度起きて力を振り搾って その管抜いて そうして死んで 鈴木 聞

まあお似合いですよと褒められて脱ぎ捨てた冷房過剰の喪服売場で 沼尻つた子

come onと声かけやれば鈴鳴らして駆けて来るなりカナダの子猫 奥貫洋子

腎病めば嫁が管理のわが昼餉兎のエサと左程変らず 相澤大也

少年の胡瓜をかじる小気味よさ音の聞こえて夏暮れてゆく 磯部葉子

吹きやまぬ風に波うつカーテンをダンスするよう抱きとめて巻く 宇梶晶子

吹かぬより吹くが寂しき秋の風閉店知らす茶舗の貼り紙 吉村成一

 今号もいい歌が多く揃った。なるたけコメントを多くしたい。
ニックネーム 茶トラのみんく at 23:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年12月13日

944 文法と軍艦マンション

 「塔」12月号が届く。ぶ厚い。じっくり読ましていただきたいと思う。当然ながら、まず自分の歌の確認をする。しまった!と思った。栗木京子選歌欄に採られた歌6首のうち1首に文法ミスがあったのに気がついた。投稿時と違っているのでよく見たら栗木氏が推敲してくれたのだろう。一字だけ変えてあった。実はこの歌は、連作中一番自信のあったものであり、これが落ちたらすごいショックを受けていたところだ。栗木氏は本来、推敲などあまりなさらないかたなので、本当にありがたいと思っている。推敲に甘えてはいけない、とは思うが、やはり文法ミスは、指摘されたら二度と間違わないもの。勝手な言い分だが、文法ミスさえなければ、と惜しまれるような歌であれば、そこを修正したうえで載せていただきたいと思うのである。本人も気がつくし、もう二度と間違わないだろう。とにかく、栗木氏には大変感謝しております。僕、自分でめちゃくちゃ好きな歌だったから、落ちていたら大ショックだったろう。
 先日、あの不気味な軍艦マンションへと果敢に突入し、十四階の屋上まで昇ってみた。なんのことはない、狭っくるしい屋上である。このマンションは潜水艦の艦内のような感じで、息苦しいことはなはだしい。一週間も住んでたら発狂するんじゃないかと思うほどの閉塞感だ。なんか空気も、悪い霊がたまってるみたいによどんで重かった。もと軍艦乗りが戦時を忍んで設計したという噂だが、本当に戦死した軍艦乗りどもの怨霊が棲みついとるのと違うか。このマンションは、「奇」念物として後世に伝えるべきである。知る人ぞ知る、新宿の名所であると僕は思う。新宿にお立ち寄りの際はぜひご見学を。ちょっと離れた所から見れば、その廃墟の戦艦大和のような異形がよく望めるであろう。僕は毎日眺めて溜息をついている。ところで、怨霊のせいか知らんか、カゼをひいてしまった。これも、無断でエイレイの棲みかを冒した僕への怨霊の祟りであろう。本当に、帰ってから急に体調を崩した。文法と軍艦マンションを甘く見てはいけない。
ニックネーム 茶トラのみんく at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年12月12日

943 佐藤佐太郎まみれ

 金が出る出る金が出る〜♪ノアの洪水みたいに金が出る♪買いたい歌集や歌論もたくさんあるのだが、いつも忘れてしまう。私は、買うなら邦画ビデオソフトが第一、第二が馬券である。有馬は突っ込む。その後に歌集なので、どうしても買えない。まあ、来年はちょっとこの優先順位も変えないといけないな、とは思っているが。
 最近、佐藤佐太郎ばっかり読んでいる。啄木もそうだが、この二人の歌人の歌を読んでいると、心が穏やかになってくるのだ。多分、キリスト教患者もとい信者が、聖書を読むときの気持ちに似ているのではないか。よく、「塔」の永田主宰が言っていた、「結句に責任を持つな」という感覚が最近分かるような気がする。僕はかつて、結句が全てだと思っていたが、あまり結句に重点を置くと歌がダサくなるということに気がついた。もちろん歌の内容によってはそうでもないが、一般論として見た場合だ。これも、佐太郎を読み始めて分かったことだ。一読、なんでもないような歌だが、佐太郎の歌は心にしみじみと沁みこんでくる。たとえばこういう歌。

休息(やすらひ)の一日(ひとひ)すぎゆく夜の部屋に火鉢によりぬパンを焼きつつ 佐藤佐太郎

 歌をやり始めの頃だったら、「なんやねんこれは」と一蹴したことだろう。ただ、今読めば、火鉢でパンを焼くという単純な行為を詠う、というそのことが読んでいて心に沁みてくるのだ。
「塔」への今月の出詠歌は作り終わった。今月の歌は、もろ佐太郎に影響されている。だいたい、出詠歌の中で自信作というのは二、三首で、あとの歌は流して俺は作っている。数少ない自信作が採られるか否かということが勝負であり、何首載ったか、ということには意味がない。今回、佐藤佐太郎か黒田英雄かという素晴らしい歌ができた。何度読んでも惚れ惚れする。この歌が採られるかどうかが勝負だぜ。載るのは、ああ、3月号か。なんか、先過ぎるよなあ。乞御期待。
「塔」誌の赤丸チェックは、入会当初からやっていた。その当時の赤丸歌は今に比べて少ない。これは、いい歌がその当時少なかったという意味ではない。私に「読み」の力がなかったということだ。当時に比べれば、「読み」の力も「詠み」の力もずいぶんついたろうと自負している次第だ。

      今日の8首

音立てず上る気温の気配あり一人言をふと慎みてみる 高橋れい子(以下同)
選挙権当地にありますという封書届きてしみじみ宛名を見つむ
盂蘭盆のひとかげの無い墓地に来て母子それぞれにひとり言いう
白昼の墓石にこもる熱量をなだめるように水を注ぎつ
ことば呑みて通り過ぎにき忽然とわが家の失せし空間に遭い
一枚の平らな土地になり果ててひとり棲みいし歳月も見えず
もの言わぬ家族を乗せて長男の車は美山の里へと外れゆく
夕ぐれの杉木立濃き里山をゆけどもゆけども抜け出せず居り
ニックネーム 茶トラのみんく at 22:16| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記

2007年12月11日

942 角川「短歌」11月号を読んで

 遅ればせながら、角川「短歌」11月号を図書館から借りてきて読む。新人賞発表号であるが、それよりも、記事のほうが面白かった。特集「旧仮名遣い・新仮名遣い」における島内景二の寄稿、「旧仮名は踊る」が出色である。俺は完全に勘違いしていた!「よう」の旧仮名遣いについてである。「ああ困った、どうしよう」の「よう」を、俺はずっと「やう」と表記していたのだ。それでわかった。結社誌に投稿していた、俺のスグレタ口語短歌がボツになり続けている理由がだ。あれを「やう」でなく「よう」と書いていさえすれば全部採用されたのに(笑)!!旧仮名は難しい。でも、なぜ俺が旧仮名にこだわるかと言えば、単刀直入にそのほうが美しいからだ。何度も言うが、「するらむ」を「するらん」と書いたら興ざめもはなはだしい。なんだかバカボンのパパのバカ田大学短歌同好会みたいになってしまう。島内氏は、旧仮名を使うことで、日常性から解き放たれ、かつまた、定型詩である以上は、日常言語で詠い通すことはむしろ不可能なのだと述べている。僕の実感から言っても、文語のほうが五七五七七のリズムには断然乗せやすい。定型うんぬんよりも、作り易さの視点から、むしろ文語のほうが短歌に似合っていると思うのだ。何度も取り上げて恐縮だが、僕の歌

淑やかにロケの河原を指し示す女将が指にかそか触れたり 黒田英雄

 これは、湯ヶ野温泉旅館福田屋において、映画「伊豆の踊子」の撮影が行われたとき、内藤洋子が踊ったのはあの辺りであると、女将さんが指さしてくれたときの情景であり、「あそこですか?」と僕が指さしたとき、指と指がふと触れたのである。この歌はすぐできた。しかし、これを口語で作れと言ってもできないし、仮に作ったとしても実につまらんもんにしかならないと思う。「かそか」という古式ゆかしい形容詞が効いている。もし他人の歌だったら名歌選に載せるのだが自分の歌なのでできないのが残念なくらいである。短歌は、確かに刹那の日常を詠うものだが、それを詩的に高めるために文語的処理というのは不可欠である。だいたい口語短歌というのは、文語をなんか抑圧的装置だとか、既成の感動の回路を強制してるとか、果ては人間には本質や内面とかはないのだと思いたがるとか、そういう心性の連中が多く巣食っておって、結果は似たかよったかになってしまい、だいたい三つか四つも読めばつぎに何が来るかわかってしまって飽き飽きしてくる。違うと言うなら、飽きのこない口語短歌を挙げてみろこら。たとえば、村木道彦氏の有名なこの歌。

するだろうぼくをすてたるものがたりマシュマロくちにほおばりながら

 これは、すごい良い歌だ。この歌のよさは口語と文語の混ざり具合が絶妙なところである。実は僕は、村木氏の歌業をまとめて読んだことがない。ただ、時々紹介される村木氏の有名な歌はいいなと思うのである。僕は思う、口語短歌を作るのは結構だが、それは文語を使いこなしたうえで挑戦すべきことだと思う。口語現かな歌人の多くが、無知と浅はかさにあぐらをかくいいわけと手法を混同しているように僕には思える。感動というものをはなから拒否し、そんなもの信じていないかのようなポーズをとりたがるのだ。キミタチ、そうまでして感動するのが怖いかね。きっとよっぽど気が弱いのだろう。
 また、同誌連載「語る短歌史」岡井隆Fが抜群に面白かった。こんな面白い連載をやってるとは知らなんだ。これはいずれ本として上梓されるべきだろう。岡井氏に短歌空白期間があるのは有名だが、僕が笑ったのは、岡井氏自身が、当時の手紙が残っているので自分の死後、自分の評伝に載せて欲しいと書いていることだ。爆笑した。そりゃそうだ。岡井氏が亡くなったら評伝作家の名乗りを上げる連中が山ほど出てくるだろうが、変に体裁のいいものにしないためにも、岡井氏は「証拠は残っておるのだぞ」とあの世から脅しをかけようというのだ。だったら生きてるうちに自分で書きゃあいいのにとも思うのだが、それもご愛嬌である。啄木、岸上なんて、もう家族の恥づかしい事情まで丸裸にされてるものな。それが文学者というものである。ひとり文学者を出したら表を歩けない、それが文学の本来の姿なのである。それに比べて現代歌人のケツのアナの狭いことよ。ちょっとプライバシーを書かれただけでぎゃあぎゃあわめきくさって。バカどもが。覚悟が足りん覚悟が。それにしても、岡井隆というのは面白く、かつ不可解な人だ。元々左巻きでインテリのくせに、今や宮中歌会選者である。僕には、いくら読んでもこの人の歌の拠点がよくわからない。よって、深く読みこもうという気がしない。ヤボかもしれないが、僕は歌人には一途な不器用さがあってほしいのだ。
 同じく同誌連載、篠弘氏「残すべき歌論11」近藤芳美(1)も読み応えがあった。僕がわざわざ言うこともないが、篠氏は短歌評論にぬきんでた実績を持つかたである。僕はよく、短歌総合誌のことをぼろくそにこきおろすが、久々に角川「短歌」を読んでみたらたいへん面白かったのである。また買おうと思っている。
 新人賞?あー………そういえばあったねえそんなのも。受賞作は斎藤芳生さんの「桃花水を待つ」。感じのいい連作だ。以上ですが何か。小島なお級のビッグな新人はそうそう出ないということだ。それよりも言いたいことは次席の「舞台TOKYO 」。これははっきりひどいと言える。こんなもん都市詠でもなんでもない。都市のトピックスを詠っているだけで、歌人本人の「われ」の視点がまったくない。俺はそんな作歌姿勢を認めないね。誰が推した!?ああ、やっぱり万智ちゃんか。嬉しいねえ。実は、万智ちゃんと俺は、新人賞に関する限りけっこう意見が合っていて、そのたびにいやな気分になっていた。彼女の任期の最後にやっと袂を分かつことができてほっとした。小池光氏が、選考中にぼそっと呟いた言葉が正解だろう。

小池「受賞なしにしますか」。

 今年はそれが正解だったろう。毎年毎年、新人賞を出すことになんの意味があるのだ?賞の権威の低下でしかない。正直今年の受賞作はやむなく押し出されて決定されたものであり、腹は立たんけど、わざわざ新人賞を与えたりして、本人に気の毒なような気がする。でもまあ、新人賞を貰ったからってそんなにプレッシャーにはならんだろう。それだけ、新人賞の重みが軽くなっているのだ。
ニックネーム 茶トラのみんく at 22:20| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

2007年12月10日

941 追いつめられて〜精神のストリッパー〜

 俺がなぜ、短歌をやり始めたかということを突然考えてみる。思い起こせば七年前の1月15日、突然一首がひらめいた。私の処女作、

あの野郎今度会つたらぶん殴る腕力なくても頭突き一発 黒田英雄

 私は当時、妻からしょっちゅう、「歌のひとつも作ったらどうよ」とバカにされていた。妻が心の師と崇めている葛原妙子の歌を読まさしていただいたが、「これはいったい日本語であるのか?」と思ったし、元々学校でも古文の授業は大嫌いだったから、全然興味が湧かなかった。しかし、女房にうるさく言われるうちどこか意識の隅に、韻律がしみこんでいたのかもしれない。上掲の一首ができてからというものまあ、歌ができるはできるは。その後血へどを吐き入院、病床で啄木を読む、というコースについてはもうさんざん言っている。僕は、短歌を作るのが高尚な行為だとは最初から思っていない。むしろ、歌を作り始めたときは、「とうとう俺もここまで墜ちてしまったか」という嘆息しきりだった。ギャンブルで言えば、公営賭博のさいはて、競艇に手を出してしまったような心境だった。要は短歌とは精神のストリップであり、そこまでしなくてはやってられないという心境というのは、これはもう追いつめられ追いこまれた人間のそれだろう。死刑囚が短歌にすがる、という気持ちが俺にはよくわかる。短歌は、名声を求めるための文学ではない!名声が得られたとしてもそれは単なる結果論である。啄木が今生きていたら、まさか自分の短歌がこれほどの高名を得ていることに、皮肉な哄笑を飛ばしたことだろう。
 昔、そう、昭和三十年代くらいまでは、角川短歌賞が発表されればそれはニュースになったという。受賞者は顔写真つきの三段組で新聞に載り、首相官邸に招かれたりしたという。一番いい例が浜田康敬氏だろう。夜学通いの工員の生活が完全に一変したと書いておられる。昭和三十五、六年といえばぎりぎりノスタルジーの網にひっかかる時代ではあるが、とは言え当時の一般人にとって短歌というのが身近な文学だったとはとても思えない。しかしマスコミの注目度がこれだけ高かったということは、短歌は文学、つまり、特権的社会落伍者のすることであり、それにふさわしい癖のある歌人もまた多くいたということだろう。だから、マスコミというハイエナがおいしそうにたかってきてくれたわけだ。しかるに今の歌壇はなんであるのか。俺は朝日新聞をとっているが、よほど注意しないと短歌新人賞の受賞記事なんぞ見落としてしまう。それだけ、歌人というのが、ハイエナもまたいで通るほどのつまらぬ存在になってしまったということだろう。
 若手歌人どもが、とにかくダメ。たとえばとある短歌誌に時評を書いている人物、この人は、総合誌を批判するとき、「最近の総合誌はここがどうたら」とか一見激烈なことを書きながら
、具体的にどの雑誌がどうであると名指しにすることは決してない。私に関して言えば、この日記で「短歌研究」誌を、名指しで散々に批判している。しかし、カシコク、先達への配慮をオコタラない繊細な若手歌人の誰それは、決してそんなバカな真似をしないのである。
 最近痛快だったのは、松村正直による痛烈な佐々木幸綱批判である。僕は、松村という歌人を信頼に値すると思った。もちろん、彼も歌壇的な野心を持つ人であると思う。しかし、凡百の若手歌人の小賢しさとは違い、ビッグネームをも名指しで批判しうるという自らの反骨を示し、歌人としてこの韻律に殉じようという決意に裏打ちされた野心なのである。それは、吉川宏志にも感じる。こういう気骨ある、信頼できる若手歌人がいるから、「塔」はどんどん躍進していくのだ。また黒田がチョーチン記事を書いてる?俺は事実を述べているだけだ。
 およそいかなるジャンルであれ、隆盛するものは若手による先達の批判、解体、場合によっては追放、または完全なる旧派の否定によって成り立っている。象牙の塔と言われる学問の世界だってそうだ。いまだかつて、ロートルをただありがたがっていて発展したジャンルがあるか。文学とは茶話会ではないのだからして、雰囲気を読んで老大家の寿命を延ばすべく配慮する必要などどこにもないし、そんなのはただ害悪なだけである。若手歌人は、真に野心を持ち出世し、数世代後にも語り継がれたいと思うのであればよろしく自らの美意識にそって批判すべきを名指しで具体的に批判し論争の嵐を巻き起こすべきであろう。
 いずれにせよ、俺は今、歌を作っている。俺の実感は、「とうとうこんなところまで墜ちれしまつた」。精神のストリップをしないと生きていけない、そんなところまで追いつめられたということだ。小器用に修辞を詠い、有名になろうと思っている歌人諸君にはこの気持ちはわかるまい。だから、今やマスコミというハイエナにも相手にされない泡沫文芸と化しているのだ。

坂道を転がるやうにひとびとが歌人になるとふ神話あるべし 黒田英雄

            つづく!
ニックネーム 茶トラのみんく at 23:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年12月08日

940 プロ市民=ファシズム〜白木みのるを惜しむ〜

 秀歌選コメントで取り上げた斎藤寛さんよりコメントをいただく。それについていろいろ考えていたら考えがたまってしまったのでそれについて書くが、斎藤さんの作品とはまったく別な問題である、ということをまず、念を押しておきたい。
 小島なおさんがどこかで発言していたが、なおさんは、自分が新聞雑誌で記事になることが非常にいやなのだという。なぜなら、周りの人間が、自分に対して異物のような視線を向けてきて、疎外感を味わうからだそうだ。これには僕は驚いた。こういう、抜きんでるものへの排斥という感覚は、三十年くらい前くらいから表面化し、最近は堂々たる意見としてまかり通っているようだ。僕が子供の頃は違った。文章のうまい子やスポーツのできる子や歌のうまい子は、みんなから尊敬されていた。だからみんな、特技をのばして目立とうとしていた。しかるに現在のこの状況はなんであるか。
 世の中には「プロ市民」と呼ばれる、すばらしい人権意識に満ちた、神のごときかたがたがおわしますという。なにせ人権意識がすばらしいので、かつてのカルピスの商標や「ちびくろサンボ」、ひばく星人や怪奇大作戦における発狂装置、普通の人ならどこが差別かわからんようなとこに丹念に粘り強くいちゃもんをつけ潰していくのを無上の喜びとしているらしい。最近では、妻の知り合いが日照権問題に巻き込まれ、特に問題はないのにプロ市民的ご近所が無理矢理建設業者に難癖をつけて交渉が難航したということがあったそうだ。
 こいつらは、文学作品における、必然性のある差別用語にすらいちゃもんをつける。「片手落ち」「どメクラ」、こうした言葉のどこが悪いというのだ。この表現がなければ、丹下左膳や座頭市のドラマは成立しない。台詞で、「この『目の不自由な人』め!」とか言えとでも言うのか。かつて筒井康隆が、編集者による自主規制にプッツンして断筆宣言という挙に及んだ。当然、文芸評論家は彼を支持したが、どこにでも寄生虫というのはいるもるもので、ここぞとばかり、「文学のために差別表現をする自由など誰にもないし、与えたおぼえもない」とぬかしやがったのだ。死ね。
 「プロ市民」のかたがたに僕は言いたい。あなた方こそ真のファシストである。そして、あなた方の存在が、プチ右翼やエセ右翼を増長させているのだ。いわゆる左巻きはあなた方のようなバカばかりだと誤解され、逆に、どんな差別発言も許されると思うようなバカと、そいつらに媚びるネオコン文化人を増殖させているのである。旧ナチ、ネオナチの例を見るまでもなく、社会的弱者というのは、左より右に共感するようにできているのだ。実際、著名なフリーターの誰だかが、こんな世の中なら戦争が起こって欲しい、などと堂々と文芸誌でぬかしたりしているではないか。この男にはわかっていない。戦争になったら、最前線に送られ、弾よけにされるのは自分だということを。戦争になったって金持ちは貴様が期待するような不幸な境遇にはならねえよ。それが資本主義の仕組みというものだ。要は、差別語狩りのプロ市民なる連中は、プチ右翼を増やすだけの存在であり、その体質はまさに彼らが憎んでいるはずのファシズムそのものである。
 僕は、白木みのるという芸人を惜しむ。彼は、才ある芸人だが、矮人であることを売りにし、「身障者差別撤廃」という名目のもとに完全に抹殺された。プロ市民の皆さん、おかしいではないか。貴方がたは、美名に満ちた能書きのもとに、身障者たちの生活権を奪ったのだ。かつで、力道山時代、前座に小人(ミゼット)プロレスというものが存在した。彼らはそれで食っていたのだ。もちろん、見世物にならない権利というものはある。しかしそれは、本人の選択の自由の範疇ではないか。その選択の自由すら、この馬鹿どもは奪っているのだ。
 僕は思う。集団に吊るし上げを好む、ムラ的なこの国民性が人権運動に名を借りた魔女狩り体質を増長させ、結果的にプチ右翼の増殖に力を貸しているのだと。短歌の世界でも、たとえば「片手落ち」という言葉が入ったらチェックが入るのだろうか。まさかそうではあるまい。
 最後に、「塔」に載った僕の歌を載せて終わりとしたい。選者には深く感謝している。

たれ知らぬたれとも語れぬ時代劇『変幻三日月丸』は幻ならむ 黒田英雄

侏儒たち盲人に跛傴僂男子供映画に禁忌溌剌!

畸型人日陰を逐はれ平等たり白木みのるの生活立たずも

 あえてルビを打たずにアップした。
 弱者ファシズムというのはすさまじいものだ。私のブログでさえも、削除を求められたことがある。泣く泣く要求にこたえた。しかし、これ以上の要求には答えんぞ。削除するかどうかは今後、俺が判断する。結社誌に歌を送る人は、俺がここで取り上げて親族会議になるかもしれんということまで覚悟したうえでやっていただきたい。表現というのは、いったん発表されたらどう料理しようが読者の自由であり、内輪うけで済むと思ったなどと泣き言を言ってはいけない。それがいやなら、最初から発表などしないがよろしい。今後、自分の書いた記事に関しての削除要求にはいっさい応じないことをここに断言させていただく。
ニックネーム 茶トラのみんく at 22:34| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記

929 神話と本音と盗人と弱者

星の神話あまた語りくれし母ありて引揚の夜さえ楽しかりしよ 三良富士子

 引揚、と言ってとっさにイメージの湧く読者が何人いるだろうか。日本は身の程知らずの戦争に敗れ、大陸からの引揚は悲惨を極めたという。これは、外地から敗戦の屈辱にまみれた母国へと落ち延びてゆく家族の、数少ない幸福な記憶の歌だろう。星の神話とは、はっきり言って戦時下においては敵性である。引揚の辛苦の中でも、戦争が終わったという安堵感がどこかにあったのではないか。ギリシャ神話を語っても、もう憲兵は来ないのだ。母親が、封印されていた神話をほとばしるように語る情景が目に浮かぶ綺麗な歌だ。悲惨な状況の中でも、些細な幸福の刹那を切り取り得るのも短歌の魅力だろう。おそらくは戦前を女学生として教養ゆたかな生活を送り、一転引揚船の隅に身をかこつことになっても、物語の力で生き延びてゆく女性の姿を彷彿とさせる。

モナ・リザの唇かたくナイフもてこぢあけたがる盗人志願 安斎未紀

 モナ・リザの顔を一言で表現するなら「変な顔」である。眉毛はないし頬は垂れてるしどう見たって美人ではない。ああいう顔の女が現実にいたら、「気持ちわるい女」で片付けられてしまうだろう。ちょっと検索しただけでも、あれは実は男がモデルだとか、高脂血圧症だとか、ひどいのになると梅毒にかかってるのではないかとか(@筒井康隆)なんてのまである。誰だか忘れたが高名な学者先生も、「どこがいいんだかわからんとこが名画の証拠」なんてわけのわからんことを言っている。調査によるとモナリザはたびたび盗難に遭っており、しかしナイフでこぢあけようとした奴はいなかったようで、本職の盗人はそういうことを考えないのだろう。悪党になりきれない凡人が、あの悟りすましたような絵美を切り裂いてやりたいとたまさか思うだけなのである。というような妄想を喚起するあたりが、やはり名画の名画たるゆえんか。モナリザ本体に匹敵する撹乱効果を持った、不可解で面白い歌だと思う。

あと四十年生き延びヤツ等の死に絶へし故郷の土踏み万歳をせん 西尾睦恵

 作者は、その作品の中で、自分のことを「意地悪ばあさん」と称している。僕に言わせれば、「意地悪」でなく、「本音」ばあさんなのだと思う。枯れたり諦めたりするのがふさわしい年齢になってもそれをよしとせず、怒りや私怨をしまい込むことをせず、歌に叩きつけていこうとするバイタリティの持ち主である。あと四十年生き延びて、あいつやこいつがくたばった地を足でぐりぐり踏みにじってざまあみさらせと吠えたいのだが、ありていに行って無理であろう。だが、その反骨と悪意がすばらしい。西尾さんは歌集を出されているだろうか?もし歌集があるならばぜひ読みたいし、まだ出していないのであれば、ぜひ上梓していただきたい。毎月読むのが楽しみな歌人の一人である。

傲慢は弱者にもある、と呟けば冥き淵より応(いら)へは漏れ来 斎藤 寛

 いい歌だ。だが、批評するのは非常に難しい。傲慢は弱者にもある、これは十分うなずける。被害者意識できいきいわめきたて、才能ある「強者」を迫害する傲慢な弱者は世間に溢れているからだ。しかしそれだけではあたりまえの視点であり、悩ましいのは下句である。一見、弱者の傲慢さを告発しているようでいて、その弱者で溢れかえった「冥き淵」から、「ならばおまえは強者なのか」と問い来る声がするのではあるまいか。問題歌である。この作者にも僕は注目している。独自の視点で、独自の世界を作り出せる有能な歌人であると僕は思う。

 ほかほか、今月もいっぱい取り上げようと思ったが毎度のことで疲れた。歌評は疲れる。それでなくても猫が腹に乗ってきてパソコンが打てないのでここまでとする。「短歌人」も、有望新人がどんどん入ってきていて好調である。読者も当ブログの「秀歌選」に、ますますの注目をお願いしたいと思う次第である。
ニックネーム 茶トラのみんく at 00:31| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2007年12月06日

928 「短歌人」12月号会員欄秀歌選その30

 今月の赤丸歌、会員1欄パート1、95首。同パート2、130首。会員2欄パート1、124首。同パート2、152首。計501首。

      「短歌人」十二月号会員欄秀歌選その30

青虫を造花の固き葉のうへに置きし五歳の小さき反抗 中島敦子

「恋をしなさい」老人クラブで講師いふ誰も笑はず納得の貌 佐久間 巴

モナ・リザの唇かたくナイフもてこぢあけたがる盗人志願 安斎未紀

冷やりと菩薩の指は胸に触れまだ燃え残る欲を鎮める 関根忠幹

図書館の食堂でたべるラーメンにかつての幸せほうばっている 間 ルリ

一年をまあるくすぎて尊厳死協会の継続振込おえる 井上春代

行き帰りに香りたちくる金木犀 孤独死をした人の庭より 青木フサ子

禿(ち)び酷き硬貨のふちのギザ指でなぞれば聞ゆ嗄れ声が 伊波虎英

手の形が父と同じであったから手の中にある父は呼吸す さとみけい

星の神話あまた語りくれし母ありて引揚の夜さえ楽しかりしよ 三良富士子

あと四十年生き延びヤツ等の死に絶へし故郷の土踏み万歳をせん 西尾睦恵

日焼けしていないところと日焼けしたところどちらにもくちづけている 津和歌子

とろとろと通勤電車にゐるときにまた夢に出るヒットラーの股 長谷川知哲

はなびらをはならびと読み間違へて三井ゆきさんには言はずにおきぬ 長谷川知哲

死に際の犬は人間のまなこすと詠みしスハルよ わすれていたのに 荒井孝子

ダンボール背に商品を貼り付けて声張り上げる店の足軽 外神田外堀

広島の大谷旅館ゆ母宛のはがきは明日の入隊を言ふ 村瀬直躬

庭に育つ胡瓜は妻のいない間に化け物のごとくぶらさがりをる 森川武彦

読みにくい熊に注意の看板は今年まだ出ぬ証と信ず 上村五十八

冬眠に近づく亀が眼を合わせしみじみ語る祖父の顔して 西五辻芳子

秋雨に濡れてゆこうか古本屋と古き本屋の微妙なあはひ 篠塚千恵美

蝉しぐれ耳を聾して響くときカラスの鳴き声低くくぐもる 宮崎はるか

どんぐりを抱えたリスの子のように母の骨壷少年は持つ 後藤祐子

国と国ならば国交断つやうな言葉を妻と言い合ふ余生 早川清生

私鉄駅ドアが開きて無実かもしれぬ男が連れ行かれたり 三島麻亜子

数少ない母の口癖のひとつなり「来てうれし帰ってうれしが孫なのよ」 吉野加住子

髪あぐる頸のたしかさ曼珠沙華湯屋をいでくる処女らのごと 江國 凛

傲慢は弱者にもある、と呟けば冥き淵より応(いら)へは漏れ来 斎藤 寛
ニックネーム 茶トラのみんく at 23:37| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2007年12月04日

927 かんたん短歌はカンタンか?

 角川「短歌」が、以前特集で文法指南をしていたが、文語短歌を作る若手が少なくなってきているという危機感からなのだろう。大辻隆弘氏は短歌時評で、それを初心者におもねった文芸誌のハウツー化だと嘆いていたが、あながちそうも言い切れないと思う。短歌をやろうという若手に、そもそも口語現代語で短歌をやろうという決意すらなしに、そもそも文語を知らず、ために敷居が高いと思っていた短歌を、たまさか口語短歌を目にしただけで「なんだ簡単じゃん」と思うのが多いというの現状だろう。ただ、彼らにしてもその多くは、文語短歌に触れずにいればそのうち短歌をやめていくだろう。なぜなら、自らの歌に必ずや飽きるからである。
 文語に関しては僕も偉そうに言えない。なんせ、古典の成績が悪かった。歌をやり始めた頃、僕も口語で好き放題作っていたが、はっきり言ってそれだと飽きるのだ。たまたま入院という騒ぎになり、突然人の歌集が読みたくなり、啄木を読んだのだ。そこから、はっきり言って僕の世界は変わった。マジに、短歌をやっていこうと思った。明治以降の短歌には文法的にあやしい擬古典調も多数あるそうだが、しかし古文のしらべにのっとった短歌、これは読みかつ慣れておいたほうがいい。好き嫌いは別として、歌をやっていくうえでの大いなる武器になるからだ。そういう意味で、現在ネット歌人の憧れの的たる口語歌人の皆さんは、短歌を始めるきっかけとなるのもよろしいが、ある程度行ったら文語短歌に触れるよう、後進に指導する義務があるであろう。それが、短歌人口を増加のみならず定着させることにつながるのだ。
 それにしても、口語短歌って本当にすごくカンタンたんかか?むしろ、文語よりはるかに難しいぞ(いいものを作ろうとするならな)。以前、文語に慣れるために啄木を読めとこの日記に書いたが、佐藤佐太郎も読むべきだ。深く理解しなくてもいい、文語を肌で理解するために、この二人の歌は最適かつ判り易いと思う。
 僕も「塔」に入会して、意識的に「アララギ」風の歌を作ってみたが、これが実にやっていて面白い。最近の作では、こういうのがある。

春追ひて都を離(か)ればあまさかるひなの湯ヶ野の花冷えにけり 黒田英雄
ゆふされば河津桜も溶けゆきて椋鳥の枝離(か)るるを見ずも
淑やかにロケの河原をさし示す女将が指にかそか触れたり

 まあ、「アララギ」風とは言えないかもしれないが、完全な文語短歌と言えるのではないか。特に、僕は三首目が自分でも気に入っている。この情景は文語だから歌にできたのであって、口語にしたらミもフタもないどころか下手するとただのセクハラである。これは事実をそのまま歌ったものだが、事実そのままを文語で詠うからこそ短歌たりうるのである。誰か、できるもんならこれを口語でやってみろ。時間があれば、俵風、枡野風、穂村風、加藤風と遊べなくもないのだがさっき帰ってきてビール飲んじまったのでめんどくさいからやめる。でも、いずれやってみようかな、いひひひひ。
 文語短歌。これは、理屈ぬきで美しい。また短歌は、死語となった言葉を歌いついでいくところにその文学の良さがあると思う。旧かなもまた美しい。格調があるのである。今後文語短歌でやっていくいかないは別として、自分の精神的財産として、名だたる文語歌人の何人かを押さえておくべきだと思うのであるよ、若手ネット歌人しょくん。
ニックネーム 茶トラのみんく at 23:43| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2007年12月03日

926 11月月間ランキングと、作歌は一生の娯楽

 ブログ開設1038日目。総アクセス数、754324。総訪問者数、139788人。

      十一月月間ランキングベスト10

 1位 27日 「鶴田伊津『百年の眠り』(六花書林)〜歌集の差別化〜」2559
 2位 11日 「中村錦之助、森雅之〜お小姓文化を描く〜」2197
 3位 13日 「歌人の怯懦」1866
 4位 16日 「『塔』11月号『陽の当たらない名歌選』その1」1576
 5位 10月31日 「くそったれ!」1542
 6位  7日 「『短歌人』11月号『会員』欄秀歌選その29」1414
 7位 29日 「激怒!選歌でわかる歌人の価値」1326
 8位  8日 「お祭のはずれ〜歌を拾い探す楽しさ〜」1285
 9位 18日 「肉親を詠むさまざまな視点」1229
10位 14日 「現代歌人十ヶ条」1202

 11月のアクセス数は30627、訪問者数は4038人でした。

 今日、「短歌人」への出詠を発送する。いつも、こういう時はほっとする。なにも、欠詠したからと言って、結社から拷問人が送られてくるわけでなし、欠詠するたびに会費が倍額されていくわけでもない。だが、一度でも欠詠したら、ものすごい後悔と不快感に襲われそうな気がしてならないのである。僕は、「塔」「短歌人」に毎月十首ずつ出詠している。つまり、毎月二十首をノルマとして自らに課しているのである。これは、僕みたいななまけ者にとっては実にいいシステムだ。毎月、25日から翌月2日までが「短歌人」に向けての作歌期間であり、3日から13日までを「塔」へのそれに当てている。これが作歌のリズムとなって習慣化され、見えない鞭で女王様にケツをひっぱたかれている快感にうち震えている。作歌にもリズムが必要だと僕は思う。
 二つの結社に対する作歌姿勢は、僕の場合それぞれかなり異なる。今号の「短歌人」には、映画「眞空地帯」を題材とした詠草を載せてもらった。木村功や下元勉を歌にするなんて歌人多しと言えども俺くらいだろう。僕は、短歌における固有名詞というものに非常に愛着を持っている。読者がその固有名詞を知ろうと知るまいと、これからもどんどん、忘れられてしまった名優や監督たちを歌にしていきたいと思っている。それができる歌人は僕しかいない。それらの作品を採ってくれる選者の方々にも、深く感謝している。「塔」の場合は、「アララギ」の歌風というものを常に意識してしまう。実際僕は、「塔」に入会していなければ、佐藤佐太郎の歌集を読むことはなかったと思う。その意味で、「塔」には深く感謝している。僕は、自分の作る歌に飽き飽きしていたので「塔」に入会したのだ。なぜなら、この結社の歌風は、韻律それ自体が非常に美しく、流れるようであるのだ。これは僕にとって大いに勉強になる。「短歌人」より先に「塔」に入会したことがラッキーだったと思っている。とにかく、欠詠だけは避けたい。自分の歌が載ってない結社誌なぞ、届いても空しいだけだろう。自歌が載っているからこそ、真剣に読むのである。違いますか?
 ところで、世の中には往々にして、歌を作るのをやめてしまう人がいるが、僕には理解できない。歌を作る、というのは、普段顔を洗うとか、風呂に入るとか、まさにもう日常化されてしまうものではないのか。いったん歌を作り始めたら、これはもう原発と一緒で、あだやおろそかに停止させられるものではないのだ。たぶん、歌をやめちゃう人というのは、短歌によって自分が有名人になれると思っていてあて外れた人なのだろう。もちろん、深刻な葛藤のすえに「歌のわかれ」を宣言してやめた偉大な歌人(たいていあとで戻ってくるが)もいる。でもね、歌ってそんな、わざわざやめるほど大層なものか?僕は、歌を作るのが面白くてしょうが