欠詠者が多い。歌人というのは、原発の業火のごと、いったん点火したら、どれだけ苦しくても詠い続ける、そのような存在であるはずだ。月10首が作れなくてなんの歌人か。スランプ?いい歌しか発表しない?ふざけんな。それは気障ったらしい傲慢というものだ。
今月も秀歌が揃った。多くの歌にコメントはしないが、読者にはじっくり鑑賞していただきたい。
今月の赤丸歌。真中欄、177首。栗木欄、161首。花山欄作品1、124首。池本欄作品1、167首。計629首。4月号赤丸歌総計、1084首。
「塔」4月号「陽の当たらない名歌選」その2
誰からも好かれる人に嫌われて夜の
渋谷の沖へと向かう 高橋武司
もう泣くな分かつたからと言ふ父の睫毛が不意に長く見えた日 澤村斉美
京に住み十五年という青年はわれを呼ぶ時名前で呼べり 中村光子
浮く島を一つつまんで寄せてみる油のような瀬戸内海に 古栗絹江
〈利用料二千円が払えません〉障害者自立支援法の退所者の理由(わけ) 植村ゆかり
村神楽太鼓の音の近づきぬつき歩きたる子らはまぼろし 宮西久枝
男子用公衆トイレ掃除する女の横で男たちはする 相原かろ
古着屋に吊るされている服たちが師走の風に昔語りす 潮見克子
声あげて走り出したくなる夜更け例えば明日の医師の宣告 須磨岡 繁
あきらめる事覚えてきたよと夫は言い薄き
布団の上に坐りぬ 沼波明美
ひと言が足らぬばかりに怒らせて日暮れのように今日が始まる 村田弘子
換気扇こわれし夜のしずかなる風呂場に九九は長く続けり 山下裕美
過ちて田に落ち雨に打たれしと配達員の死の記事短し 石川 啓
池の面は百万石の雪吊りの束縛の美を映してゐたり 上田善朗
スーパーの店員のごとき口調にて故人の生ひ立ちナレーションする 今西秀樹
裸木の銀杏はすくっと天を突く妻の視線に合わせ仰げり 松島良幸
まだ動く蟹に怯みておしこめし冷凍庫よもや笑ひはすまい 出 奈津子
くちびるを求めるように顎をあげ今宵の月を探していたり 岡本幸緒
呼ばれたように振り返るのはなぜだろう橋を渡り終えたるときに 岡本幸緒
胃の悪きこと嘆きつつすぱすぱと喫煙席のチェーン
スモーク 千名民時
柩あけねむれるわが子に妹はその名を呼びて礼を言いたり 徳永香織
フラッシュには幾分慣れかしサリン被害薬害訴訟を闘う女 林 泉
雲が生れ消えゆくまでを細やかに語る夫となりてをりける 高橋 窓
弟に預けしわれの手の平はひろびろとわが弟を見つ 花山周子
てのひらは静かな夜に思い出すふるさとに老いて眠るタローを 松村正直
ハイラルの戦の日々を語り終へ目瞑りゐむか藤本北夫氏 山本大二郎
補聴器のなき暗闇に目覚めけり 敗戦のラジオの雑音を思う 濱藤勇吉
十二月の闇に吸はれてゆくやうに川合都美はふはりと逝けり 井上政枝
とをか程を選歌欄評に没頭し燃え殻のごと床につくとふ 井上政枝
宝くじ売場の女性いつもいつも顔下半分が笑っている 森 富子
誰からも好かれる人に嫌われて夜の渋谷の沖へと向かう 高橋武司
「誰からも好かれる人」とはいったいどういう奴だ。カヌーイスト野田知佑氏は、「友達が多い、なんてのにロクな奴はいない」とどこかで書いていたが僕も全く同意見である。いや、「××ちゃんを見なさい。誰からも好かれて友達がいっぱいいるでしょ(だからお前も見習え)」と言われたことのなんと数限りなくあることか。その度に、「こんなクソ面白くもない八方美人の、流行にだけは敏感な野郎(女性含む)のどこがいいんだ!?」と混乱することしきりであった。私見だが、「誰からも好かれる人」の魅力のなさというものはもう漏れまくった原発事故のごとくすさまじいものであって、そのオーラの醜悪さというのは笑うしかないのであるが、こういう奴が嫌う人間というのはすなわち、そうした醜悪さを見抜く、つまりは鏡を見せられてるような気にさせられる相手であろう。自分の偽善と、自己主張の無さ故の「誰からも好かれる」を思い知らされるのである。とは言うものの、この歌の作中主体というのも相当あくの強い、傲慢で不愉快でとげとげしい人物かもしれない。どうせ知り合いになる心配もないから歌さえ面白ければ作者が人でなしだろうがフクロモモンガだろうが僕はいっこう構わないので、どんどん嫌われ者の人生を邁進していただきたいものである。「渋谷の沖」というのが俗というか神秘的というか、いったいどっちの沖だろう。幽霊が出るというNHK方面だろうか、奇怪至極なラブホテルの林立する円山町か、今どきこっそり鯨を山ほど食わせてくれるという居酒屋があるという某方面か。ともあれ、「誰からも好かれる人」の没落を強く願うものである。