赤丸歌、花山欄192首。三井欄173首。黒住欄若葉集105首。計470首。5月号、赤丸歌総数、1044首。
「塔」5月号、「陽の当たらない名歌選」その2
不忍の枯れ蓮の間(あい)通るとき確かめたきことひとつ聞きたり 黒沢弘子
のこぎりで八つに分けて処分されしダブル
ベッドはちちははのもの 尾崎知子
軍袴ズボンの前の垂れ紐征く父に蝶むすびけむ母かがまりて 畠中隼人
胎便を出さむといきむ子の尻を動物ならば舐めてやるらむ 青木朋子
出稼ぎに組合作りし父の業四十年経て碑に刻まれぬ 数又みはる
諦めてしまうにはもっと力が要るわたしはそれを今溜めている 加藤都志惠
うたうように鳴る虎落笛 死ぬことも死なないことも恐ろしくなる 加藤都志惠
「
アメリカン・
グラフィティ」のポスターを眺めて一日バーボンなめる 北野安太
敵の敵は味方であると言ひたげなのつぺりとした顔の会ひけり 遠田有里子
右見ても左見ても嘘ばかりじっと手を見る行為すら嘘 西之原正明
太った親の間に座る太った子 上げし視線を文庫にもどす 筑井悦子
嫁がせる気も失せゆきし子には子の思いあるべし三椏の花 西本照代
ざわめきの地下街に立ちまなこつむる托鉢僧の耳朶に穴あと 村瀬美代子
皮切りと呼ばるる作業解剖で黙祷ののちはじめしことは 加藤ちひろ
頭髪の気になる齢となりし子が髪かき揚げる仕草夫に似る 川上とよ
食卓の
トマトが鬼の心臓に見ゆると君に言ひてさびしき 苅谷君代
毛筆のほそくやわらかい一本の線を引きいるような居眠り 北辻千展
突っ込みを入れて不安を隠しいる友だったチェロと同じ背丈の 白水麻衣
日の暮れをゆく人となりふらふらと〈悶絶の旨さ〉の鰻屋に入る 杉本潤子
瓜苗を接ぎいて農夫寡黙なりかたわらの歌誌時どきのぞく 松岡 伸
恋に生き恋に死なむとするわれに秀処より伸ぶる尿の管はや 横山美子
ふた親は趣味をもつから安心と息子の言いしとか 立場逆転す 吉村久子
これ以上疲れたら死んじゃうよ息子の声に背をさする夜 今井由美子
われめざし襖をつたいて歩く子はそのまま裏へといってしまえり 宇梶晶子
いつまでも男の乳房はふくらまず蕾のままで四季をめぐりぬ 瀬川しん
ダンボール川面に浮かべ母猫を弔い子猫と眠りし日あり 多 昭彦
無愛想な媼の家の玄関でWELCOMEとうボード揺れおり 中山悦子
音立てて換気扇から流れ込む北風聞きつつシチューを煮込む 龍田裕子
銭湯の番台婆は鼻眼鏡うとうととして晦日ふけゆく 能登 鳶
初夏(はつなつ)の雨の香りに酔いながら君と舗道にうずくまってた 山上秋恵
不忍の枯れ蓮の間(あい)通るとき確かめたきことひとつ聞きたり 黒沢弘子
実に映像的な歌で、心惹かれた。不忍の池にボートがあるかどうか知らないが、おそらくそうなのだろう。夕暮れ、あの辺りを散策したことがあるが、まあ実にもってあの池の蓮というのは、お釈迦さまのおさまりかえった天国とはほど遠い、ぐしゃぐしゃに蓮の葉(浮かんでるタイプではなく、コロポックルが隠れてそうなやつ)が密生していて、ありていに言って気色が悪いったらない。虫の卵とか密生したものが嫌いなタイプなら悲鳴を上げて逃げ出しそうな光景である。それでなくても悪意に満ちたジャングルの闇を連想させて不気味だしな。その蓮の間をボートで過ぎるとき、作者は「確かめたいこと」を聞いたと言う。その刹那を詠った作者のセンスが抜群にいい。絵的にリアルなのだ。「確かめたいこと」は読者の想像に任せよう。掲載されたほかの4首もすばらしい。この人は、歌を詠むセンスがいい。
のこぎりで八つに分けて処分されしダブルベッドはちちははのもの 尾崎知子
この作品の視点はすばらしい。普通、こういうことに、凡百の歌人は目をつけないのではないか。作者の母は亡くなったそうだ。その上での歌だ。上句の具体性と、下句の叙情性がうまくマッチングしている。ダブルベッド。直截な表現だが、そこはかつて自分が存在を始めたはずの場所でもあるのだ。上句の、「のこぎりで八つに分けて処分され」という表現に、作者が母を失った痛みを感じる。強烈な一首だ。
突っ込みを入れて不安を隠しいる友だったチェロと同じ背丈の 白水麻衣
これは、結句がすばらしい。チェロと同じ背丈の。相当なチビである。そのチビがボケでなく突っ込み役であるというところにイメージがわく。なんか、読んでいて痛々しい。背の低い人というのは、ほぼ例外なく攻撃的である。直接聞くことはできないが、その劣等感や不安感は相当なものだろうと思う。その背の低さを、チェロという不思議な神秘性を持った
楽器に例えたところが素晴らしい。これも視点のすばらしい歌だ。
胎便を出さむといきむ子の尻を動物ならば舐めてやるらむ 青木朋子
もろに母性的な歌で、正直、僕の守備範囲ではないが、これも肉体感覚にあふれた凄い歌だ。作者は、猫か犬でも飼っているのだろうか。原初的な動物の生殖行為を直截に描いて、あるようでない短歌である。ちょっと驚いた。
以下、今日の名歌選には、すべてにコメントをつけたいほどいい歌が揃った。だが、しんどいのでやめる。あとの読解は読者に任せる。「塔」は、どのページを開いても、必ず名歌が潜んでいる。読者諸氏には、それを掘り起こしていただきたい。何度も言うが、私をレギュラー選者にすべきだ。もうすでに、「塔」の優秀な歌人を私は見出している。柴夏子、どこ行った!?ひょっとして、俺がホメたから消えたのか!?