今月は、名歌選1より、2のほうが断然よかった。こういう月も珍しい。何度も言って恐縮だが、読んで飽きない歌ばかりだ。じっくり鑑賞していただきたい。
今月の赤丸歌、花山欄、158首。池本欄、154首。吉川欄作品1、159首。真中欄作品1、118首。計589首。「塔」8月号、赤丸歌総数、941首。
「塔」8月号「陽の当たらない名歌選」2
いつもとは違う景色をながめてるレールの上の前向きな俺 西之原正明
くちびるにくはへて割りし割り箸の割れたる面に刺は生れたり 常盤義昌
国といふ文字とコンビを組まされて迷惑顔をするか家の字 吉田健一
モディリアーニの描きし女性の声帯はおそらく栗木京子と同じ 蓮尾みどり
もうこの世真平と姉は横を向く太い眉毛で柩の中に 高橋万里子
病み勝ちな人に飼はれておほかたはわが家に眠る隣りの猫は 中村春菜
「寮に行く」から「帰る」に変わるひと月め靴紐結ぶ背を見ておりぬ 中山惠子
あかんなあ母親似なんやこのたれ目 我が顔眺め息子が嘆く 中山惠子
曲線の多きボウルの内がわにわたしの顔は逆さまにうつる 永田 愛
見守られ手助け受けて街なかを夫
はじめての車椅子に行く 平林明子
裏で鳴く野鳩の声はドス黒くかの日の父の声に似てゐる 山田勝代
柴田翔読みつつ君を待っていた巡礼橋の低き欄干 西川啓子
行き詰まる議論に目を閉じいる人のタバコを吸えない手が宙に浮く 坂本佳子
杖をつき駆け込み来たる隣家の媼は居場所がないと嗚咽す 金原華恵子
夫在らばこんな無謀はできないと言いつつファンドに手を出す友あり 高畑かづ子
貧乏は遺伝するかもと生徒につい言つてしまひそうで
就職指導 古堅喜代子
子が借りし
アパートに広く風の道ありたることに安心をせり 首藤よしえ
角度変えイチョウ若葉を撮るときにどの構図にも写る電線 畑 久美子
しかと生きいたるか二年半振りに遇いたる野良は距離置きて鳴く 池田幸子
久々に生家を訪へばかつて議員なりにし兄はただ籠るのみ 渡辺仁八
そんな事女のする事ではないと言われて今でもハモニカ吹けない 里田美恵子
川風は柳にひとしく吹いてゐるまだ灯しをり納庄表具店 久岡貴子
泣くことに疲れた身体に補えり午前零時の塩昆布
茶漬け 岡本幸緒
組合費がもつたいないと言ひ出せるひとの眼鏡の幅の顔なり 朝井さとる
日に焼けし表紙は土色それだけで良き本と思ふ父の娘であり 出 奈津子
長き長きトンネルをゆくわがバスはうしろへ後へ走る心地す 大塚洋子
契るとは心をもらふ契約と沁みて思へり君逝きしのち かざまきみこ
雨あとの川みず増しぬ頭を上げて抗いながら蛇が流るる 本間温子
床を這う蟻を避けつつ髪を掃くそろそろ眼鏡の替え時らしい 松島良幸
できぬことを検討中と言い続け前任者はちゃんと栄転したらし 森尻理恵
本文終わり。このうちの2首に対してコメントをさしあげたい。
いつもとは違う景色をながめてるレールの上の前向きな俺 西之原正明
一見、若者のすがすがしい明日への希望を詠ったように見えるかもしれないが、とんでもない話である。一読して俺は、この歌の絶望の深さに絶望した。そもそも今時、「前向き」なんぞという言葉に絶望をかぎとらないほうがおかしいのである。だいたいレールの上で前向きってなんだ。乗せられて運ばれて行っとるだけではないか。もしも見える景色がいつもと違う(転勤だか転校だか、あるいは失職だか放浪だかしらんが)として、人ごみの中見たくもない進行方向を向かされているということに変わりはないのである。「いつもとは違う景色」という言葉が逆に、「どこに行っても違いはない」という究極の絶望を強調する役目をになっている。下句の、「レールの上の前向きな俺」という諧謔が痛々しい。西之原正明に、僕は注目している。今様の若者の直截なレジスタンス的な歌が詠める、稀有な若手歌人だ。
ところで選歌後記欄でこの歌が取り上げられていたはいいがその評にびっくらこいた。歌の読みかたはいろいろあるんだなーと、つくづく思った次第である。
モディリアーニの描きし女性の声帯はおそらく栗木京子と同じ 蓮尾みどり
栗木京子の声は、非常にハスキーで魅力的である。この歌の作者は、モディリアーニ描く女性の肖像から、栗木氏の声を想像したという。モディリアーニといえば、どんな相手でも馬みたいに顔を長く描く人、という印象があって、なんで彼の絵から栗木さんを連想したか不思議だったのだが、たまたま床に転がってた赤瀬川源平の絵の解説書を開いてみたら、死の二年前に描かれたという「おさげ髪の少女」という肖像が、本当に栗木さんによく似ててびっくりした。確かにこの少女は、栗木さんの声で話しかけてきそうだ。モディリアーニの絵と栗木京子、まったく考えたこともなかったが確かに言える。作者の視点はするどい。ひょっとしてこの作者は、同じ本を参照したのかもしれない。
名歌選2は、コメントしたら面白くなるような歌がたくさんあった。しかし一応、名歌選1のほうにコメントを多くつけるという僕のルールがあるのでこのへんにする。理由は、くたびれるからだ(笑)。今月の名歌には、われながら秀歌が揃っていると思いますよ。前回、「塔」より「短歌人」の歌のほうがいいと書いたが、訂正する。