2008年05月30日

1064 人の役に立つ生き方?〜笑わせるな!〜

 詳細は言わんが、「自分みたいな役立たずは死んだほうがいいんじゃないのか」と泣く女の話(それも人が寝てるときに電話をかけてきてくどくどくどくどと)を聞いてどたまに来た。きついことを言って電話をぶち切ったので明日死ぬかもしらんが俺は知らん。新聞で精神科医などは、「死にたいという人がいたら、反論や忠告をせずにとことん話を聞いてあげなさい」とのたもうておるが、こちとらそんな暇人ではないのだ。
 だいたい、「自分みたいな役立たずだから云々」とはどういう思考回路だ。人(この場合、具体的個人ではなく日本的「世間」をさす)の役に立つか立たないかというのは、概念のありかたと、ものの見方の角度に過ぎない。日本人というのは、「世間」や「周囲」が自我よりもっと上位の「神」であって、もやーっとしたなんかよくわからん「集団」の中で自分がどうか、というところにアイデンティティを置きすぎである。要するに、「自分」がないのである。僕は、真のエゴイストこそが、結果的に見て社会に有益な存在であると考える。真のエゴイストは、自分が大事だから、復讐を招いたり恨みを買うような真似はしないし、そして、他人の思想や生活や個人的なことに興味を持たない。エゴイストだからだ。安部公房の有名な芝居「友達」ではないが、「あなたのためを思ってしているのよ」というくらいメガトン級に迷惑で気色の悪い存在はない。世間はこの迷惑に満ち溢れている。自己流にマイペースに生きること、これが真の「人のためになる」生き方なのである。人のために役立つうんぬんは、まず自我が確立されてから言うことであって、そうでない限り、ただ単に、共同幻想に組み込まれてそれを疑問に持たないというだけの話だ。役に立ったかどうかなんぞ結果論であって、張り切って人や社会や所属集団のお役に立とうなんて奴は結局迷惑な存在になることが多い。自我の確立してないやつのお節介ほど迷惑なものはない。
 どうしても人の役に立ちたいというのなら公営ギャンブルをやれ。馬を買い船を買い自転車を買いバイクを買え。国庫は潤い、関係者は喜び、配当を得た人も喜ぶ。煙草を吸え。酒を飲め。税金となって社会に還元されるであろう。酒も煙草もギャンブルもやらん、こんな奴からは、「真面目税」「健康税」として、収入の半分を徴収してしまえ。こちとら、体をぼろぼろにしながらせっせと間接税を払っているのだ。とにかくなー、人の役に立ちたいなんぞとほざく奴らは、まず自我を確立してから言え。
 人間にはそもそも、バカだろうがアホだろうがスケベだろうがニートだろうがなんだろうが生存権というものがあるのである。それに、役に立たない人間なんてのは存在しないと俺は思っている。冒頭の某女性に、「甘ったれるなバカ氏にたいならとっとと氏ね」と言って電話をぶち切ったが、これを「逆説的な励まし」と思わないように。俺は言った通りの意味で言ったのである。
 てな訳で、日本ダービーが近づいている。俺はまた、たっぷり掛け金を賭けて人の役に立とうと思う。諸君、ダービーの時くらい金を賭けろよな。100円でもいいから、そのくらいの心の余裕を持て。と私は思うのである。
ニックネーム 茶トラのみんく at 00:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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