飽きられたヒットソングに科せられるオルゴール調アレンジの刑 砺波湊
これは、「日常の陳腐」というものを見事に語っていて秀逸であり、一連の中で僕が最も好きな歌である。なんの因果かデパートのオルゴール売場なんぞに間違って入ってしまうと(某小田急は三省堂の真下がそうだから困る)、誰かが蓋を開けるのか、「世界でひとつだけのブタの鼻」だの、「へど戦記のテーマ」(タイトルは微妙に変えてあります)なんぞが世にもなさけないアレンジで聞こえてきて思わずその場に崩れ落ちそうなくらい気持ちが悪くなる。これは、音楽にとってまさしくひとつの刑である。ヒットソングにとって大事なのはある程度の陳腐さだが、それがオルゴールという小宇宙に半永久的に閉じこめられることによって目もあてられないことになる。また、同じくデパートでエレクトーンのデモンストレーションなどしとる人、あるいは楽器売場で勝手に鳴ってる電子ピアノ、みなこのようなぶざまをさらしている。妻の持っているカシオトーンなどうっかりボタンを押すと松田聖子のインストが電飾つきで流れ始め、僕はこれ以上に無残で索漠たる音楽というものをほかに思いつかない。とにかく、この作者の歌は生き生きとしていて実感がこもっている。そして、批判力が鋭い。高瀬賞受賞を機に、もっともっと伸びてほしい歌人である。注目している。
話は変わるが今号、私の歌が、作品月評で長谷川富市氏に、三角点欄で松木秀氏に取り上げていただけた。嬉しいのは、この二氏が選んだのが同じ歌だったということである。かつて私の別な歌が、「塔」の百葉集欄で、河野裕子選で第一席に採られたことがある。その歌と、今回二氏の選んだ歌に共通するのは、疲れ切って、ああもう生きるのはうんざりだと思ったときにできた、即詠であるということだ。「塔」6月号で、古賀公子氏に採っていただいた歌も、温泉に入っているときにできた即詠である。選者及び、会員諸氏が採ってくれる歌は、僕に関して言えば即詠ばかりだ。歌っていうのは、考えて作るより即詠のほうがいいのかな、と思う次第である。ところで、松木氏はもう一首採ってくれているが、それはこのような歌である。
せめて優し死地なからむか凍鶴のさま首垂れて眠る男に 黒田英雄
松木氏は、この「優し」は「優しき」が文法的に正しいだろうと述べておられる。それはその通りだ。ただ僕は、この動詞に「き」をつけるのが、どうしても嫌だったのだ。「恋はやさし野辺の花よ」という歌があるではないか。これも、文法にこだわるなら「恋はやさしき野辺の花よ」であるべきだろう。が、それでは歌の流れが遮断されてしまう。歌のスピリットのために、文法が犠牲にされることも、ままあっていいのではないだろうか。かの塚本邦雄だってやっている。詳しく言うとボロが出るので言わんが、一例を上げるなら高名な「馬のたましひ」がそうである。どうしても僕は、この歌に「き」を入れたくなかったのである。
長谷川氏、松木氏が採ってくださった歌を最後にアップして締めとしたい。なお、この歌は、ブログに発表したとき、初句の最後に「!」を入れたが、「短歌人」に投稿する際に添削したものであり、これを決定稿としたい。
眠りたしただひたすらに眠りたし愛知る者は輪廻を乞はぬ 黒田英雄









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「優し」は動詞ではなく、形容詞です。松木さんのご指摘は「優し」が直後の「死地」を修飾しているのだから連体形の「優しき」にしなければならないだろう、ということだと思います。終止形の「優し」ならば本作は初句切れとなりますが、それだと読みとして不可能なのではありませんか。黒田さんが例示された「恋はやさし野辺の花よ」と「恋はやさしき野辺の花よ」はどちらも文法的には正しいですが、両者は違うことを意味します。
蛇足ですが、口語文法の形容詞では終止形と連体形は同形(どちらも「優しい」)になります。
コメントありがとうございます。「優しい」は確かに動詞ではなく形容詞です、わはは。村田さんのおっしゃることは、確かに正しいと思います。しかし、どうしても、「せめて優しき」を初句にしてしまったら、この歌にこめた僕の思いがぶっ壊れてしまう。「き」一音が、どうしても邪魔なのです。合理性が歌に生まれてしまい、僕の願いというものが浅薄なものになってしまうからです。行き場のない人を見るとき、心に浮かぶ言葉を上句に痛みとして刻んでいるつもりです。だから、「き」がどうしても邪魔なのです。文法的におかしいのでしょうが、僕はこれを決定稿とします。
どのように文法を破壊してもよい、という極端な意味ではなく、詩としての許容範囲内にある、と僕は思うのです。初句を、「せめて優しき」としたら、詩的完成度が落ちると僕は思うのです。塚本邦雄を引き合いに出したのは、彼が権威だからではなく、優れた歌人であるからです。
なるほど、了解しました。
さういへば今囘はご挨拶もせずにいきなり書き込んでしまひ濟みませんでした。いつも納得したり、またあるいは首をひねつたりし乍ら讀ませていただいてをります。これからも健筆をふるはれますやうに。