2008年07月21日

1101 「新彗星」私こそが真の読者

 加藤治郎選歌欄・「彗星集」のメンバーにより、歌誌「新彗星」が刊行されたそうだ。僕は以前この日記で、「彗星集」は、「未来」という大きな傘の中に隠れているのではなく、堂々と独立して、みずからの主張を歌壇に向けて発信するがよいと言っていた。だってそうだろう、たとえば、「未来」の、大島史洋選歌欄「青羅集」や、稲葉峯子欄「夕麗」などに取り上げられる歌人や歌と、加藤とその配下に、共通の短歌観や短歌技法があるとはとても思えないのである。ヘテロ(多様性)という意味ではいいのかもしれないが、それにしても乖離がはなはだしすぎる。僕は、加藤系の一派が独立して本を出したことはいいことだと思う。この日記で、加藤批判をやっていてちょっと驚いたことがある。僕はたぶん、くそみそに攻撃を受けるだろうと思っていた。ところが、である。反応を見る限りでは、実は歌壇には加藤嫌いが相当いる。
 彗星集の連中は、もっとシビアな批判にさらされるべきだろう。自分たちが最先端で、歌壇の花と持ち上げられて、若者の歌のリーダーになってると思ったら大間違いで、本当はキミタチの歌をいいと思って読んでるのはキミタチ本人だけなのである。これは、新人賞選者、とくに「短歌研究」のそれに大いに問題がある。最近は、加藤系をヨイショするような座談会をやっているが、読む者にはなんのインパクトもない。だいたいこの雑誌は、誌面が古色蒼然としているくせに、やたらと軟弱で貧血で無内容な加藤系短歌を称揚するのである。いったい、どういう雑誌であるのか。
 「短歌研究」には、寺山修司や中城ふみ子を見出した、という自負があるのかしれんが、それはすべて当時の名物編集長中井英夫の独断専横の結果である。この雑誌は、中井の遺産で食ってきたようなもので、僕が短歌を始めてからこっちの誌面や新人賞選考過程を見る限りでは、すぐれた歌人を発見する機能において、この雑誌は存在価値を無くしていると言って過言ではない。加藤系を取り上げていかにも「私たちは若くてイキなんですよ」と気取る前に、そのドブネズミ色の表紙とだっせえ見出し、レイアウト、古臭い版組み、講談社の倉庫から借りてきた「世界の風景」をただ置いただけの写真、そういうとこからなんとかしたらどうだ。
 とにかく、俺に言わせれば、加藤系の歌というのは甘ったるい。だいたいボスの貴方自身が、「あなたの夢に入りたい」などと、70年代フォークの雑なコピーみたいな代物を短歌と称してぬけぬけと人前にさらしているのである。藤原龍一郎氏の言葉を借りれば、「俗情」以外の何者でもない。こういうフレーズを愛の言葉と思う女をバカ女という。ただ、じゃあ「彗星集」が隅から隅までダメかというとそんなことはない。びっくりするようないい歌もかなりある。とにかく、彼らは、批判にさらされなくてはダメだ。批判を受けてこそ、彼らの価値というものが浮き上がってくるだろう。ところが、歌壇もヘタレであるのである。内心加藤やその系統を嫌ってるくせに、なーんも公に言わないのである。もう、どうしようもないね。しょうがない、このブログで、孤軍奮闘するしかないのである。おまいら、反省しろよ。
 何度も言うが、歌壇は批判し合うことが大事だ。その切磋琢磨の中でこそ歌は磨かれるのであり、歌人の個性というものも浮かび上がってくるのであろう。ところでどなたか。この「新彗星」を送ってきなさい。歌壇は誰も言わないだろうけれど、私が批判してさしあげよう。
ニックネーム 茶トラのみんく at 22:35| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
久々のホームラン、すかっとしました。どうして誰も本当のことを言わないのだろうと、今まで不思議に思ってきました。自己満足の歌、自家中毒の企画はもうたくさんです。歌を通して実は「こんなふうに詠んでいる自分」を描いて、結局のところ詠み手のイメージを作りこんでるんじゃんと思わせてくれちゃう歌が多くて、辟易です。そんな口説きには乗れません。またホームラン、待っています。
Posted by 坂上 at 2008年07月21日 23:03
夜歩く人

ま昼間にひたひたと足音を立てて俺の中にいる夜歩く人

街灯の下をゆくときひょっこりと現れ俺を置いてゆく俺

四つ角の灯りの下で複数の無言で俺に従う俺ども

傘をうつ雨粒のうちの二割ほどに殺気を感じて歩みを止める

やさしさが置き忘れられている夜 公衆トイレの明かりが洩れてて
Posted by 池田直樹 at 2008年07月21日 23:20
「新彗星」残部すくないとききました。必要なら、早く注文されるといいと思いますよ。
Posted by 通りすがり at 2008年07月27日 15:55
>通りすがり様
 コメントありがとうございます。
 んが、何が悲しくて僕が身銭を切ってんなもん買わなくちゃいかんのですか。僕は、堂々と言いますが、タダでくれと言っているのです。なぜなら、この本の批判を読みたい人が世にはごまんといるからです。それを書いてあげようと言うのだから、僕はそれをタダでもらう権利があるわけです。
Posted by ひでお at 2008年07月27日 23:12
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