2007年01月17日

680 「コスモス」よ、威張るなよ!

 短歌賞数あれど、僕の中で権威ある賞といえば、角川短歌賞と現代歌人協会賞である。短歌研究新人賞は、どんどん地へと墜ちている。選考過程を大幅に変えない限り、歌壇賞に追い越されるだろう。歌壇賞といえば、僕は読んでいないのだが、応募者が380人を越えたと聞く。例年250人前後だったと記憶するが、これは大幅なアップである。短歌研究に応募するのをやめてこっちに流れた人が多いのかもしれない。僕の予想した通りだ。何か変えない限り、短歌研究新人賞のことはしつこいくらい当日記で追及していきたいと思う。
 松木秀の受賞により、現代歌人協会賞というものにすごく興味を持ち始めた。驚いたことに、この賞は各結社が、一冊ずつ自結社歌人の歌集を選考委員に推薦するのだそうだ。知らなんだ。でも考えてみれば、出版された歌集を選考委員が全部読むわけはないのである。と、すれば、推薦作を選ぶのは、各結社とも大変な作業であろうと思う。僕の勝手な意見だが、「塔」で言うなら、今年の推薦歌集は松村正直「やさしい鮫」か、花山多佳子「木香薔薇」(評判がいい。近日購入の予定)あたりではないか。どちらか一つだけ、となると、結社のだれが、どういう思惑で取捨するのだろうか。「短歌人」は民主主義的だから多数決ではないかと推察するが、「塔」の場合はどうであろうか。「塔」の歌人で現代歌人協会賞を受賞したという人を、寡聞にして僕は知らない。来年あたり一発当ててほしいものである。どちらかというと「塔」には角川短歌賞受賞者が多い。これも伝統か。
 「短歌新聞」に、例年通り「歌誌現勢表ベスト20」が載っている。このランキング自体には僕はあまり興味がないが、「塔」が「未来」を、出詠者数ふたりという僅差で抜いている。結構なことである。今後、この差はどんどん広がっていくと思う。出詠者の激減を短歌新聞は嘆いているが、どうってことはない。結社誌を面白くしようとしない、企業努力の足りない結社はどんどん潰れるがいいのだ。自業自得である。そして、結社がなくなった人はどんどん他の有力結社に入ればよろしい。だいたいが結社の数が多すぎる。それと、出詠者数すなわち結社の勢いとは言えない。自分がどこに載ってるかもわからんほどの人数を一冊に詰め込めば、自らの重みに澱むばかりだろう。「コスモス」なんて2298人も出詠者がいるという。これでは、減るほうがむしろ健全である。まともな創作集団だったら、ここまできたら普通は平和的に分裂するもんである。だって、昔「コスモス」を読んだとき、大松達知氏の新作を読もうとしてどこだか見つけられなかったことがあったくらいだ。また、どういう基準で並べていがるかも、部外者にはとんとわからん。地域別にはなっているようだが、それにまた1とか2とかついていて、結局わからない。また、僕はこの結社に悪い印象を持っている。どこの結社に入ろうかと悩んでいたとき、選歌システムについて電話で問い合わせたことがある。そしたら、エラソーなオヤジが出やがってよ、「選者指定かどうか?そんなこと読めばわかりますよ」とつっけんどんにぬかしやがった。俺は激怒した。どんなお偉い結社様か知らんが、入会の問い合わせをした相手にこんな態度では、今後の趨勢は衰えていくであろう。どんどん脱会するがいいのだ。よって、この結社にはすごい悪印象を持っている。偉そうにしやがって。「コスモス」関係者の皆様、弁明があれば言ってもらおう。とにかく、会員の多すぎるようなとこはどんどん減ってくに任せるといい。それが自然である。真面目な結社が伸びればいいのだ。「塔」「まひる野」「心の花」あたりが有望株だ。「短歌人」が伸び悩んでいるのは、絶対的リーダーという存在を欠くからかな。そこが瑕である。人間は、とくに日本人は、偉そうなやつにでかいつらをさせ、あんたはこうこうですと断言してもらってなんとなく安心するという面があり、たいていの人間は自分の文学的立ち位置を自分では決められやしないのだ。もしも「短歌人」編集部が、突如として結社未入会の短歌愛好家にかたっぱしから声をかけて、「ケナしてホメる」ムチとアメ方式でがんがん勧誘にかかったとしたらどうか。その場合、ホストの客引きじゃないが相手の歌に恋しているかのごとき物言いは不可欠である。人間誰しも、誰もわかってくれない自分の美点をわかってくれる相手にご奉仕したいと願っているのだ。人をバカにしているみたいだが、これは他人を惹き付けるときの必須条件である。先生と慕われる歌人なら必ずやっていることである。相手のめざすべき歌境をこうこうですと断言することも含めて。そうすれば一挙に会員は増えるだろうが、結社の個性としてはどうか。
「短歌人」にはかつて高瀬一志という勧誘の天才がいた。高瀬氏を欠いた「短歌人」はある意味、勧誘に不器用な集団かもしれないが、そこがいいという会員も多くいることと思う。一定数は維持できるだろう。本当は結社というのはそれでよく、むやみと人が増えればいいというものではない。
小島なお氏は、現在結社に所属していないという。結構なことだ。少なくとも、「コスモス」だけはやめていただきたい。俺は、本当にあの電話には頭にきているのだ。俺はしつこい。「コスモス」よ、会員が多いと思ってエバるなよ。
ニックネーム 茶トラのみんく at 22:56| Comment(9) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
小島ゆかりさんの娘さんにそんなことを言えるのが、すごい、と思います。
ほんに、考えられません。

僕は「コスモス」にしても「短歌人」にしても、編集体制を批判するつもりはないですね。
まだまだ初心者ですし。

編集体制を変えるには、黒田さんが以前書かれたように、いかに短歌そのものの読者を増やすか、だとは思いますが。
そうすれば、自然と読者が、あるいは歌人があれこれ要求して、体制が変わる筈ではないでしょうか。
Posted by 森 at 2007年01月18日 00:30
「塔」から現代歌人協会賞を受賞した人といえば、吉川宏志さんと永田紅さんが受賞しています。手元にある『現代歌人協会五十年の歴史』という冊子で確かめたので間違いありません。あと河野裕子さんも「ひるがほ」で(これは「塔」に入る前ですが)受賞しています。

あと、某短歌人の編集委員(誰かは事情があって書けませんが)からのメールによれば、短歌人においては、少なくとも現在は、現代歌人協会賞への「結社からの推薦」は行っていないとのことです(三年ほど前に止めたらしいです)。短歌人同人には現代歌人協会会員が多いですが、現在は「自主投票」ということになっているとのことです。ちなみに私が受賞したときの推薦でも、藤原龍一郎さんは自結社の人には票を入れず、森山良太さんとあと一人(直接うかがったのですが誰だか忘れました)に投票したとのことです。私は歌集を読んで「今回の協会賞は森山さんで決まりだろう」と考えていたので、電話があったときには本当に驚愕しました。以上私の知っていることを書きました。
Posted by 松木 秀 at 2007年01月18日 09:50
ちょっと話題がずれますが、結社を選ぶ際には居住場所も影響すると思います。一例ですが、最近盛岡に住んでいらっしゃる方と知り合いました。彼女の作品に惹かれるところがあり、どこか結社に入られた方がいいと思って、まずは「短歌人」を薦めました。しかし、考えてみると「短歌人」に入会しても盛岡では定期的に歌会も開かれていませんし、強く薦めづらいところがあります。それなら、柏崎驍二氏が所属される「コスモス」の方が技術の研鑽、人的交流を考慮するといいのかもしれない、とも考えはじめました。
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閑話休題。現代歌人協会賞は原則として第一歌集が対象のはずです(明記されてはいませんが、第二歌集以降での受賞作となると、塚本の『日本人霊歌』くらいまで遡らなくてはいけないかと思います)。ですから、仮に「塔」の選考委員の方が推薦されるとしても、松村さんや花山さんの歌集を、ということにはならないでしょう。
Posted by 村田 馨 at 2007年01月18日 12:53
>村田さま

河野裕子さんの「ひるがほ」や、三枝昴之(たかの字が出ない)さんの「水の覇権」も第二歌集か第三歌集での受賞だったと記憶しています。もっとも現在は原則的に第一歌集が対象となっているようですが。
Posted by 松木 秀 at 2007年01月18日 14:51
 皆様コメントありがとうございます。森様、小島なお氏の一挙手一頭足は注目ですね。結社に入らずに歌人活動のできる力(スター性)を持っているかただと思うし、どっかに入ったら入ったでまた、ニュースになるべき人だと思います。ただ、「コスモス」だけはやめてほしいなあ。
 いろんな情報を寄せていただき、読んでいて驚いています。そうですか、第一歌集が基本的に対象なのですか。じゃあ、松木さんの受賞歌集はいったい誰がそもそも推したんでしょうか?俺の日記の影響かな?(すいません言ってみただけです。でも取り上げたのは俺が最初…いえなんでもありません)いずれにせよ、松木さん以上に、私のほうが受賞にびっくりしました。永田紅さんが獲られていたんですね。吉川氏もですか。吉川さん、賞総なめじゃないですか。あの人の歌のスタイルは、エピゴーネンを生みしそうなほど、確固たるものがあります。現に、今の「塔」誌上には、吉川さんの影響を受けたとおぼしいものが多く見られます。今後とも情報よろしくお願いします。なんせ歌壇のことを知らんので。
Posted by ひでお at 2007年01月18日 21:03
塔からの現代歌人協会賞受賞者は他に三井修さん、真中朋久さんがいます。
Posted by 小林信也 at 2007年01月19日 05:12
親と違う結社に入るのは、ある種度胸が要ると思います。特に若い人の場合は。
私の場合、短歌に接したのが三十過ぎで、母の病が篤かったので「個性」に縛られれることなく客観的に結社を俯瞰しましたが、もし十代で短歌を志していたら間違いなく「個性」に入ったことでしょう。私にとって短歌といえは筒井富栄とのつながりが最も強かったし、加藤克巳、堀江典子、荻野寿美子、石川恭子といった名前には親しみを覚えていました。実際小さかったころはいまのウチの娘や息子みたいに歌会とかで可愛がってもらったようですし、家族ぐるみでのお付き合いもありました。だから、短歌といえば「個性」となるのが自然でしょう。万一、娘が十数年後、短歌をやろうと思ったならば、やっぱり「短歌人」を第一に考えるのではないですか。親としては一切強いたりしませんけど。
前にも書いたような気がしますが、親子で別の結社に所属していたのは、私の場合以外ですと玉城徹−花山多佳子の例しか思い浮かびません。ただ、彼らの場合は通常の親子関係とはいささか異なるようですから、特例なのかもしれません(ちなみに、夫婦で異なる結社という例も少なそうです)。
もちろん、私が知らないだけでそのような例はいくらもあるのかもしれませんが、永田家や森本家や佐佐木家などを見てお分かりのとおり、多くの場合、親が短歌をやっていれば子は親と同じ結社に入るものです。マクラが長くなりましたが、小島なおさんの場合だって「コスモス」に入るのが自然であり、「コスモス」以外の結社に入ったら、それこそ驚天動地の吃驚であります。
Posted by 村田 馨 at 2007年01月19日 13:00
うーん、僕は小島なおさんがどの結社に入っても、たいして気にはならないですけどね。
Posted by 森 at 2007年01月19日 20:05
 みなさまコメントありがとうございます。そうですか、けっこう、塔からも受賞されてるんですね。私の調査不足でした。村田様、親子で違う結社というのはそんなに珍しいですか。不思議だなあ。親の立場が悪くなるとか、そういうことがあるとするとよくないですね。でも、あんな大所帯のコスモスには、僕としては入会して欲しくないなあ。これ以上お客を呼ぶ必要なんてないではないか。彼女は、フリーでもやっていけるかもしれない。期待します。
Posted by ひでお at 2007年01月19日 23:49
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