2007年01月24日

685 詩人とは白いインク

 半年ぶりに、腰痛に襲われた。医者に行ったら、筋肉疲労だという。腰は悪くないが、年に一回は訪れる痛みなのだそうだ。やっかいなこっちゃ。よって、昨日の日記は休んだ。予定通り、今日はできるだけ多くの歌にコメントしたい。

どつこいわれは生きてゆくのさ夕やみは男の青きほほに似てゐる 千名民時

 山本薩夫監督に、「どっこい生きている」という映画があったが、この初句のつかみが非常にすがすがしく、思わず目に止まった。上句のスローガン的で冗談めかしたな威勢のよさが下句の詩情と釣り合いをとっている。夕暮れ、うっすらと髭を浮かび上がらせて青めく男の頬には濃厚な男性性とむさくるしさと情けなさ、として諦念とロマンがごった煮となって浮かんでいる。希望と絶望、そのどちらも究極の回答ではない。なれど死なず、されど生きるのである。一発で僕の愛唱歌となった。

履歴書の趣味・特技欄いっぱいに白いインクで「詩人」と記す 相原かろ

 これも気持ちのよい歌だ。「白いインク」は、もちろん人の目には見えない。読むことはできない。考えてみれば、詩人とは、世間ではそういう存在なのではなかろうか。石井輝男の映画によく描かれているが、冷たい雨に打たれ、街のかたすみで詩集を売っているのだ。だが詩人とあからさまに名乗るには世間はあまりにもがさつで鈍感だ。詩人は坑道のカナリアであるので、死なないためには詩人でないふりをしなくてはならない。だがそれだけに、名のられなかった詩人の覚悟は深く自分の中に刻まれ、世界に対するナイフとして研ぎすまされていくだろう。その見えない矜持のすがしさが下句にはみなぎっている。白いインクという表現が秀逸である。

名画座の在りしは確かこの辺りいかに在すか笹森礼子は 西尾憲治

 吉永小百合でもない。浅丘ルリ子でもない。北原三枝でもない。松原智恵子でもない。芦川いづみでもない(しつこい)。笹森礼子を出したところにこの歌の成功はある。笹森礼子。可愛いかったがそんなに可愛くもない。美人ぽかったがそんなに美人でもない。色が白かったかといえば、白くもない。要するに、強烈な個性のない女優であったが、日活ムードアクション系のヒロインにほとんど興味のなかった僕にして、彼女だけは別格だった。彼女には、誠実な潔癖性というものが漂っていた。足も太かったが、全然気にならなかった。とにかく誠実なイメージのヒロインだったのだ。トニーこと赤木圭一郎との共演がもっともしっくりきていた。最高だったのが、「紅の拳銃」(昭和36年、牛原陽一)。これはトニーの遺作ともなったが、トニーが消えるとともに笹森も消えてしまった。赤木圭一郎の持つ陰も、誠実な青年の懊悩を感じ、僕は好感を持っていた。彼は白髪だらけだったという。それを染めていたのだ。赤木+笹森コンビのムードアクションは、とにかく切なかった。消えてしまった名画座というものを象徴するのに、笹森礼子はもっともふさわしいヒロインだろう。笹森はのちに、平凡なサラリーマンの妻として平凡に生きていると、以前フォーカス誌の隠し撮り記事で読んだことがある。この女優の名を出す作者も、通の映画ファンなのだろう。こういう歌が増えてほしい。

真夜中にふたりで分けたラーメンの匂い夜風に漂えば秋 西之原正明

 一読、一気に三十年前にワープしてしまった。ラーメンとはもちろん即席ラーメン、私が想像するに、銘柄はチャルメラ。恋人同士かあるいは友達同士か、飲み明かし語り明かした晩にお腹がすき、ひと袋しかないラーメンを半分こした、というイメージが湧く。もちろん、季節は秋がいちばん似合っている。歌とは、なにもこざかしいことを表現する必要はない。こんな単純なことを韻律にすることで普遍性を持つのだ。これはまさに青春歌であり、おぢさんである私の想像力を掻き立ててくれるのだ。

吊るされた帽子が揺れて路地裏にしばし漂う道化の時間 金田光世

 サングラスがスパイを、ハイヒールが悪女を、パイプが作家や演出家を象徴するように、帽子は道化を、漫画家などよりもより強く象徴する。帽子ぬきの道化やピエロなどというものが想像できるだろうか。リア王の道化の第一声は「このとんがり帽をくれてやろう」だし、わが国においても幇もちはしばしば変にたれさがった帽子をかぶって現れる。そして、道化ぬきでそれのみとなった帽子がへんぽんと干されているさまはなんともノスタルジックで、フェリーニのアマルコルドを思わず連想した。あそこに漂うノスタルジーは華やかさというよりは、死すべきものたちの行進の饗宴であり、通りすぎたあとの哀しみをあらかじめはらんでいる。数年前見た「リア王」では道化の帽子が手から手へと渡り、最後にはぽつんと舞台に残された。まるで道化こそが人間の悲劇を統べる存在であるかのようだった。また、寺山修司的なものも感じさせる。
 以下、取り上げたい歌はたくさんあったが、疲れたからもうやめた。笹森礼子で時間を取られすぎた。今号の「塔」は、秀歌が目白押しであった。会員諸氏の選歌欄に期待する。
ニックネーム 茶トラのみんく at 23:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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