今回の盗作問題に関しては、あくまで盗作をしたS・Mに対して批判すべきであり、選者に対する批判や私に対する批判は本末転倒である。この件に関して、選者には責任はない。選者がたとえ自結社の歌人や、よしんば親しい友人の歌人の作品だからといっていちいち全部把握できるわけがない。選者も、その点を批判されても「盗作したやつが悪い」と一蹴するくらいのふてぶてしさを持たなくてはいけない。もしここで選者がおたついたりしたら、それこそ結社を支える大事な柱である選歌体制というものがおびやかされるではないか。僕自身、選歌というものを頼りにしている。いや、大部分の会員がそうだろう。だからこそ、選者をこうした問題で責めるのは筋違いだと思うのである。この件に関して、河野裕子氏がなんらかのコメントを塔あるいは歌壇に発表する義務はない。もし「塔」編集部がそれを求めたりしたら、私は大噴火し、京都の空に溶岩の雨を降らせるであろう。私を黙らせることはだれにもできない。
たとえば、「短歌人」の掲示板に小池光や藤原龍一郎や故高瀬一志への批判が書き込まれたら、「短歌人」の会員諸氏は黙っているだろうか。黙ってはいないだろう。僕は「短歌人」に対しては、そういう意味での信頼を持っている。しかるに、「塔」の掲示板には、河野麻沙希にではない、河野裕子への批判が書き込まれているのだ。河野裕子に対するふだんの崇拝や渇仰の念はどこへ行った。河野先生河野先生と慕うのであれば、こういう時こそ、ばしっと手袋、そういう会員が一人も、よろしいかただの一人も、いないというのが僕には異常なことに映るし、だからヘタレと言っているのだ。常日ごろ師と仰ぐ人のためにこういうときこそ戦おうとは誰一人思わないのである。覇気がないにもほどがある。「塔」には「塔」のよさがあることは重々承知しているが、一朝ことあらば、な事態のときに黙りこんでのんきにe歌会に没入しておれる神経が俺にはわからない。最後に、高安国世の言葉を添えて結びとしたい。内容は違うが、高安の苛立ちと僕の苛立ちの根幹には繋がる部分があると思う。「塔」諸氏よ、この創設者の言葉をよく噛みしめよ。
「四月号で本誌に対する批評を集めたが、それに対する反応がさっぱりない。(略)もちろん作品活動さえ立派に果して行けば、それでいいわけなのだが、それに対する捨身な態度の片鱗でもいい、決意を示す人があってほしかった。関西人の引込思案か、良識か知らないが、ボロは出したくない、誰かが何とかしてくれるだろう、と言った、至極紳士的な、のんびりした空気が充満していいてやり切れない」(高安国世、「塔」1956年6月号編集後記)。
P・S・
なお、二月月間ランキングは二日に発表いたします。おそろしい数字になっている。読者数が全国の歌人の総数を超えているのではないかとつい思ってしまう。はっきり言ってプレッシャーである。なので、当ブログを読むと不愉快だとか傷くというかたがたは、僕も悪いと思うので、読まないでいることがお互いのためだと思います。私は力道山の心境です。「視聴率が高すぎる」。
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「匿名」については、「匿名」であるかどうかではなくその内容で判断すべきだという、藤原さんの意見で言い尽くされていると思います。
「匿名」であれ「実名」であれ、聴くべきものは聴き、まやかしは粉砕すればいいのです。
選者の責任ということに関して、ここで触れているのは、藤原さんの先日のコメントを除けば、私だけのようですが、少し書きます。
「盗作」を考えるとき
A.当の盗作の処理
B.今後、盗作を繰り返さぬためにはどうするか?
の2点を押えておく必要があるでしょう。
Aは、いま現在「塔」編集部預かりとなっているので、その結果を少し待つとしましょう。
Bについては、私は4つの段階で阻止できないか?と考えています。
1.作者
2.選者
3.編集部
4.事後の対応
今回の盗作については、現在「4.事後の対応」の段階で取り組まれており、その結果は当然「3.編集部」の責任に及ぶでしょうし、「1.作者」にも返らざるを得ません。そのとき、選者が不問に付されていいのか?と思うのです。
私は今回の盗作問題で、河野裕子さんにも責任があるのではないか、と私が考える理由を二度書きました。それは、藤原さんの書かれたようにミスと言ってよいことだと思います。しかし、そのミスに対して河野さんはどうされるのか?文学の問題としてそのことを私は知りたいと思っています。
黒田さんは、私の意見に対して今回「選者がたとえ自結社の歌人や、よしんば親しい友人の歌人だからといっていちいち全部把握できるわけがない。」ゆえに「選者には責任がない。」とおっしゃています。(やっと話が噛み合ったようでうれしく思いますが)、はたしてそうでしょうか?
「全部把握できるわけがない」と言われればそのとおりでしょう。しかし今回の盗作の場合、選者が既視感とでも言うべきもので、あの歌を排除する緊張感を持ち得ていないで、どうしてその選者の選に信頼を置くことができるでしょう。
「僕自身、選歌というものを頼りにしている。いや、大部分の会員がそうだろう。」とここまではいいのです。そのあと「だからこそ」と順接でつないで「選者を責めるのは筋違いだと思うのである。」となるのがまったく私にはわかりません。頼りにしている選歌だからこそ、命懸けでやってほしいと言うのが本当でしょう。
ただし、私も黒田さん同様、今回の件で河野さんが何らかのコメントをする義務があるとは考えていませんし、言ってもいません。「義務」ではなく何かコメントがあった方が、文学のためによいだろうと思っているだけです。
ところで私は、黒田さんの大騒ぎを変だとは感じていますが、嫌いではありません。黒田さんはとても文学的だと思います。
×高瀬一志○高瀬一誌
訂正しときますね。
私は今回の問題について事情を詳細に承知しているわけではないので、「匿名」に関することのみを書かせていただく。本スペースをお貸しいただいた黒田氏には厚くお礼申し上げる。
さて「違和感」とは、氏におかれては、善悪二元論的発想がとても強いということである。つまり、実名=善、匿名=悪。また、本ブログでの論争(そう呼び得るものならば)に関する「勝ち負け」の判定。文学・文芸の徒として、それでいいのかという、違和感を禁じえないのである。
小生は、この二元論からボロボロとこぼれていく砂金のようなものが、とても気になる。例えば、「実名」にひそかに浸透して匿名性に、気づかないだろうか?文学とは、「自明な」二元論的世界から逃げていく、あるいは零れていくものを、丹念に掬い取る行為でもあると思うのである。そこに、発見が生まれ、詩の力が生まれるのではないか?本件に関して言えば、「実名」や「匿名」という対概念を問い直し、よりきめ細やかに織りなおすセンスが求められていると思うのである。
また、「勝ち負け」に関して言えば、それは二元論的であるとともに、文学の対極にある概念でもあるだろう。文学の徒はそのような概念に対しては、よほど慎重にあるべきではないだろうか。そうでなければ、この複雑社会を切り取り、表現することは到底できない。以上、春秋ゆたかな舟橋氏ゆえ敢えて申し上げた。反論を期待する。
文学と「文学にまつわるもの」は違います。文学は複雑なものを複雑なままにしておくのに対し、今回問題になっているのは盗作と、ブログの中での匿名で発言することについてです。これらはきっちりけじめをつけてほしいですね。
私はたぶん春秋を経てませんがそう思います。
小生は、舟橋氏の発想法に違和感がある、と述べているのです。有能な文学の徒(歌人)としては、かなり乱暴な割り切り方をされているように感じたからです。例えば、実名=勝者、匿名=敗者と断定してしまうと、その時点で思考は停止してしまうでしょう。そうすると、「勝者」の中にある何かしら劣勢なものや危ういものを見ぬままに終わります。また、「敗者」の中にある何かしら優勢なものやきらりと光るものも見ぬままに終わります。それは、二元論的割り切り方のワナといえるのではないでしょうか。今回は、「匿名」という文学にとっても非常に難解でまた重要な問題だけに、もし勝敗を言うのなら、事例に即してきめ細やかな考察が必要だと思うのです。世の中に単純なものがあるでしょうか?文学が複雑で、実生活が単純なわけではないですね。私たちが、割り切って暮らしているだけではないですか?今回の「匿名」は、表現の自由とも関係する、とても複雑な問題と小生は理解しています。繰り返しになりますが、文学の徒としての発想法を問題提起したのでした。奇を衒ってややこしいことを言っているつもりはないのですが。ご理解いただけましたか?なお、盗作問題そのものに関しては、発言する立場にありません。
佐藤様
そういうことを言いたいわけではありません。
自分の表現に責任を持つという態度が、
歌人としてほしいわけです。
勝ち負けを言うなら、短歌の世界というのは、
社会で勝ち組になれなかった人が多く
たどりつくところであるので、どうでしょうか。
でも、歌人としての心構えとしては、
匿名者はそうでない者に到底及ばない、
そういう話です。
>短歌の世界というのは、
社会で勝ち組になれなかった人が多く
たどりつくところである
違うと思いますよ。
舟橋様はコンプレックスで目が曇って
ものがまっすぐに見えてないのではないでしょうか。
みんなどこか接点があればお話もスムーズに行くのですが接点がない様に思うんです。
病院いってきてから(風邪ひいてます)ゆっくり考えさせてください。
人生の勝ち組負け組とはあんまり関係ないと思うけれど。したい人間がすればいいんだから。
以前コメントにNHK短歌の情報を書いたのですが、日付を間違えて打ってしまいました。
2006年8月23日ではなく本当は9月23日(土曜日)です。放送分の歌はNHKテキストに後日載るので確認してもらえれば載っている筈です。すぐて訂正をすればよかったのですが。
いえ違います、貴方のことを言ったのではありませんよ。