2007年04月23日

762 殴り書き短歌

 実にくだらんコメントを頂戴した。どうやらコメント子は、一冊の本を批判する以上は、自分も一冊歌集を出してからにしろと言いたいらしい。なんのこっちゃ。じゃあなにか、一冊歌集出したら天下御免ということか?歌集を出す、そのこと自体にはステイタスはない。昔ならいざ知らず、いったい月に何冊歌集が出とると思っておるのだ。暇と金さえあれば、いや暇がなくても借金してでも出そうと思えば出せるのだ。僕は、はっきり言うが、20代から40前半までの間に歌を始めた人は、最低第一歌集を出すのに10年は必要だと思う(才能のある人は除く)。それぐらい、第一歌集出版というのは吟味し、校正をかさね、慎重のうえにも慎重を期して出すべきだと思う。歌を始めて四、五年、素人芸の域を出ないうちに歌集を出すやつの気が知れない。実際、僕は、もっと時間をかけて練ってからにすればいいのになあ、と思える第一歌集をずいぶん読んだ。歌人というのは、自費出版社を食わせるために存在するのではない。そのことを皆さん、もう一度よく噛みしめていただきたい。たとえば、五百首載せたいと思うのならば、結社誌に千五百首載ってから初めて考えるべきである。歌集を出したかそうでないかと、歌人としてのステイタスはなんの関係もない。今はそういう時代だ。

 藤沢周平「白き瓶」を読了する。実に面白い。「アララギ」初期の頃の長塚節、伊藤左千夫はじめ、短歌黎明期の人間模様が見事に描かれている。僕が感心するのは、長塚にせよ伊藤にせよ、病苦、借金苦等、他人から見れば「よく文学なんぞやっとりますな」と言われるくらい悲愴な境遇のなかで短歌に打ち込んでいるということである。ただ、僕の経験から言えば、これは少しも不思議なことではない。僕も、最近、金銭にまつわる大変なトラブルを抱え、忙しい毎日だ。しかし、不思議なことに、そのような苦悩のなかで短歌はどんどん湧き上がってくるし、また、「塔」「短歌人」の結社誌を読むことで精神の均衡を保っているのである。短歌とは、そういう文学なのではないか。平穏な日々のなかで原稿用紙を睨んでいたって歌はできない。実際、僕が歌ができるのは、激怒したとき、失意のとき、仕事中のトラブルのとき、そういう時に僕は短歌を殴り書いている。僕は、推敲というものを全然しない。推敲するのは、自分の作品が結社誌に載ってからだ。活字になって、どうも居心地が悪い歌だなあと思ったときに初めて推敲する。だから、僕の短歌は、すべて激情の赴くままに殴り書いた短歌だ。それが真の生活詠というものだろう。ただ、旅の歌だけは違う。僕は旅に出たときだけは、アララギ的方法というものを強く意識する。僕は、佐藤佐太郎の大ファンである。旅行に行くと、僕の頭佐太郎モードに切り替わり、時間をかけて作歌する。そのなかから、五首ピックアップさせていただく。

真昼間も暗き安曇野粉雪(ゆき)降りて宿に着く頃ささら風巻けり 黒田英雄
湯治場の茶店に甘酒飲む客の口重くして晦日は暮るる
行く車あらぬ峠の曲線にともしび泛かぶ真暗き山の夜
朝風呂の長方形に陽は射してとどのようにぞ浮びて欠伸す
源泉に翁が三人(みたり)目を閉ぢて修行するがに微動だにせず

 これらの歌は、相当時間をかけて作った。これも、「塔」に入った影響だろう。「アララギ」短歌というのは無視できない。佐太郎をはじめとしていい歌がたくさんある。ただ、旅の歌以外の俺の歌はほとんどなぐり書きである。歌というのは、それでいいと思う。思ったことを直感的に把握し、それを韻律に叩きつける、それが歌というものだ。俺は、自分の歌をストレート短歌といったが今日はもう変えたい。俺の歌は、殴り書き短歌である。

      今日の六首

増してゆく癌細胞は脳侵し苦しみさへも叔父に与へず 南條暁美
前髪を切りし断片が目に入るを取りてやれども痛がりもせず
わが遺産いかにするかと叔父は問ふ全てなくししことを忘れて
渡されし叔父の時計を握りしむ眼みひらき夜半逝き給ふ
この部屋の布団、本、鍋不用にてトラック二台に積みて廃棄す
人に要るものは一体何ならむ空つぽの部屋に我一人ゐる
ニックネーム 茶トラのみんく at 22:09| Comment(7) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
ブログを書いているいる限り何を書かれても仕方ないであろう。
そんなことでいちいち血圧をあげるのは体に悪いぜ!
Posted by 李南植 at 2007年04月24日 01:53
黒田さん、ブログをクローズドしてはいかがですか?あんたは害虫より悪いですな、ははは。小さなことにこだわらず決めたことをきちんとやれ!ぐずぐず言わず男らしくやればいいんじゃないっすかぁ?人の歌よりわが歌をみよ!
Posted by 有本勝也 at 2007年04月24日 01:58
黒田さん、そりゃあ固有名詞を書いて思いっきりけなしたコメントを書いてるわけですから仕返しのコメントが届きますよ。そんなことにいちいち拘らないでいいじゃないですか?
黒田さんだってやられたらやり返すでしょう。
普通はやられる前にはやりませんから、「やられたらやり返しますよ」これはヤクザじゃなくても単純な人ならやりかねない行為とみなした方がいいと思いますが。
Posted by 吉田操 at 2007年04月24日 14:18
>みなさま
 ご指摘のかずかずに対しての答えはすでに何度となく日記中で述べておりますので、いちいち詳しく答える必要を感じません。なお、似たような内容のことしか書けない場合は、退屈ですので削除させていただきます。僕は誹謗中傷の類いは一つもやっておりません。すべて冷静な批判です。ただの罵詈雑言なら、ここまでこのブログは読まれていないと思います。1日1000以上というのはちょっと多すぎると自分で思うくらいです。貴方がたには逆立ちしても真似できますまい。悪口だからアクセスが増えるというものではありませんよ。ともあれ、皆様その怒りをばねに作歌にはげんでください。こんなところで時間をつぶさないでね。いやならアクセスしなければよろしい。
Posted by ひでお at 2007年04月24日 21:33
私もある日の記事だけにアクセスが集中し、びっくりしたことがあります。ここにあるようなコメントでは無く、本当にひどい暴言の数々でした。
負けないで下さいよ。いつ頃からか楽しく読んでいますから。お世辞なんて必要ないですからね。
自分の思った通りに書けばよろしいんじゃない?
Posted by ひまわりさん at 2007年04月26日 19:52
>ひまわりさん様
 この程度の暴言なんて屁でもないですよ。むしろ、甘くて個性がなくてまったくなまぬるくなんのキックもない。僕はいつも、失笑しながら読んでいます。歌人というのは非常に打たれ弱いようですが、芝居の世界における罵倒に比べたらあくびが出ます。今後ともよろしく。
Posted by ひでお at 2007年04月26日 21:16
私は以前歌はわからないという発言をしましたが、黒田さんのブログで興味をもったのですよ。
Posted by Wasanbon at 2007年04月27日 22:02
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