2007年05月20日

785 新宿区の心地よさ

 なんぢゃこりは。結局、本命サイドで決まったが、決して簡単な馬券ではない。このオークスはやるべきレースではなかったと、そういうことだ。ザレマは、やはり大外がきつかったなあ。馬群の中で、じっと我慢し足を溜めたかったろう。外枠なだけに、かぶさってくれる馬がおらず、好位置キープするため足を使ったのでずっと引っかかっていた。武豊に賭けて負けることもあるが、彼の騎乗それ自体にはいつも支障がない。これはしょうがない。河内とはえらい違いだ(京都マイルCのあいつの騎乗にはいまだに腹がたつ)。やはり、520キロを超える大女がオークスを制するなんてことはありえなかった。長距離で来るのは、だいたい450キロ前後の馬なんだよね。まあしょうがないさ。俺にはまだ、ダービーがある。まだまだ、今年の馬券収支はプラスじゃけんね。とは言え、ダイワスカーレット、出てきてほしかった〜〜〜。たぶんダイワとベッラレイアで決まりだっただろう。馬連350円くらいついただろう。そこにぶち込みたかった。350円というのは、掛け金が3.5倍になるということだ。考えてみればすごい馬券だ。ちょっと私の競馬の運が、微妙にズレ始めているのかもしれない。今日はとっとと寝よう。

 ある新聞記事で読んだが、都内で住みたい区、の最低ランキングは新宿らしい。つまり、もっとも住みたくない区だということだ。歌舞伎町のイメージが強いからだろう。しかしみなさん、それはとんでもない偏見ですよ。私の今住んでいるところは、歌舞伎町に行こうと思えば歩いて5分で行ける。しかしだね、そういう場所に、ウグイスが鳴くなんて諸君考えられるか。この2月、朝はウグイスの鳴き声でうるさいくらいだった。新宿とはそういう町なのだ。猥雑で、雑多な人種がたむろしている、その反面、ウグイスが鳴く森や林がちゃんと残されているのだ。実際僕は、練馬区中野区と流れ歩いたが、新宿区がいちばん住み心地がよく便利である。よく言う、「下町的ぬくもり」などという例のやつ、僕は大嫌いである。要するに排他的で、自分らに合わせない者を排斥しているだけだ。江戸川区とか台東区とか、住みたくもない。面白いのは、いちばん犯罪率が高いのが、高級住宅地と言われる世田谷区であることだ。その点新宿区なんていいじゃねえか。酔っ払いはケンカしてるしホストは充満してるし日本語がめったに通じないし素晴らしい街である。俺の使ってる大江戸線なんて、夜10時を過ぎたら駅のホームは外国人だらけである。それが心地よい。汚い日本語を、仕事帰りの疲れた耳で聞いたらよけいぐったりするだけである。僕は、新宿に思い出も、なんの思い入れもないが、ただ、この猥雑さが非常に心地よい街だと思う。渋谷の、作りものめいたゲスな雰囲気とはまるで違う、猥雑さそのものに歴史を感じる。実際、うちのそばの神社は永井荷風の小説にも出てくるし、近場に島崎藤村の下宿跡もある。西口には赤線、東口には青線と、文学的要素も揃っている。また、大江戸線がいい。なぜかいうとお客が少なくて空いてるからだ(笑)。競馬で負けた日などはそれが助かる。はずれ馬券を抱きながら丸の内線や山の手線のぎゅう詰めで帰路につくというのはあまりに悲惨である。実際、後楽園のウインズからぞろぞろ引き上げるオケラの大群はJRか丸の内線に吸い込まれてゆき、敗戦の身を満員電車のなかでもまれて帰ってゆくのだ。俺は幸せ者だと思った。すいた大江戸線でじっくり反省できるのだから。みなさん住むなら大江戸線沿線の新宿区にしましょう。だいたい、世田谷に住みたいだ、田園調布に住みたいだ、さもなくば下町情緒にひたりたいだ、そんなのは田舎者の発想である。僕の終(つい)の住みかはおそらく、ここ新宿区であろう。縁もゆかりもない土地で朽ち果てるというのが文学的でよいではないか。郷里でだけは死にたくない。都会のなかの孤独死、これがいちばんである。それが二十一世紀の死にかたなのだ。私も今後、思いつけば新宿の歌を作っていきたいと思う。
ニックネーム 茶トラのみんく at 21:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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