九時過ぎとなってようやく妻が千鳥足で帰ってくる。なんでも、塚本邦雄の命日だとかでシンポジウムが開かれていたのだとか。塚本邦雄という歌人は僕にとってやっかいな人だ。なんだかんだ分析がなされたそうだが、ごくシンプルな邦雄像、すなわち、ヨーロッパ的な教養を死ぬほどつめこんだ、お耽美おやじ、意地悪じじいである、というものをなぜか誰も提示せず、「邦雄とはなにものでなにを考えていたのか」などと自明な本質のまわりでぐるぐる回っていた、妻の話から受けたのはそういう印象だ。塚本邦雄のその膨大の教養における膨大な欠落、それは、「日本映画へのそれが欠如している」ということだ。それほど歌を知っているわけではないが代表作と言われているものを読む限り、邦雄にとって映画といえばすなわちヨーロッパのそれであり、日本映画への興味をうかがわせるものは皆無である。それは、邦雄がいくらインテリであっても、僕からすれば無教養であるにひとしい。これは近藤芳美にも通じることだが、なぜこうも歌人というのは日本人のくせに日本映画を見ていないのか。短歌とはどこからどう見ても日本独自の文学であるのに、それに従事するものが自国の映画をまるで見ないとはどういうことだ。だから短歌はいつまでたっても、かたよった教養しか持たないもののおもちゃであり、普遍性を獲得できないのだ。よろしいか、日本映画もまた教養である。しかし、なべて歌人は邦画をバカにしている。俺はそう思っている。短歌雑誌に邦雄の書斎での写真が載っていたが、その背後に移っている棚に詰め込まれた映画のビデオのラベルがはっきり映っており、判読できた限りそれはすべて、ヴィスコンティなどのヨーロッパお耽美映画であった。いくら教養一と言われようと、成瀬、小津の映画を所有しないようでは、俺に言わせれば全然ダメだ。いまだに、邦画を題材に選んだ歌人といえば、「仁義なき戦い」を詠った藤原龍一郎と同「泥の河」の道浦母都子のみ。馬鹿どもが!
僕にとって邦雄の最大に評価すべき点は、浜田康敬の傑作連作「成人通知」に角川短歌賞を与えたことだ。邦雄の歌を見る目は凄いと思う。浜田の受賞に際しては近藤芳美の猛反対もあったそうだが、その気持ちもよくわかる。ただ僕は、連作という形で歌を見るとき、真に傑作の名に値するものは「成人通知」だと思っている。それを一押しにした邦雄の慧眼を僕は尊敬する。また、青年浜田康敬が、新天地を求め宮崎へと流れてゆくとき、祝儀として5万円をぽんと渡したというエピソードも大好きだ。四十年以上もまえの5万円といったら凄い額である。浜田青年に対する邦雄の、自分が彼を歌人という呪われた存在にしてしまったという責任感とシンパシーをしみじみと感じるいい話である。この一事だけでも、僕は塚本邦雄という歌人に信頼をおぼえる。
歌人が歌人を論じるとき、その論調に僕はいつも違和感を感じる。どれもこれも、すでにどこかのだれかがさんざん言ったようなこと、すでに定まったその歌人への評価を自慢げに繰り返しているだけで、独自の視点や、対象の本質への洞察などがまったく感じられず、知識のひけらかしに終わっている。岸上大作を論じたものについてもそうだ。どれもこれも恋と革命に敗れてどうのこうのとお決まりのイメージを再現させているだけだ。しかし、それが岸上という歌人の本質だろうか。岸上大作という歌人のもっとも根本部分にある、彼を歌人たらしめた呪い、それはずばり彼の生まれ育った家庭環境にある。祖父が母を犯すという異常な関係。そうしなければ生きてこれなかった惨めな母子家庭。革命だの思想だの以前に、この隠々滅々たる日本的因習が少年岸上の精神を蝕んだことは明らかであり、にもかかわらず、そのことから岸上短歌を語りおこしたものを僕は見たことがない。岸上のみならず、歌人の歌人評はどれもこれも表層的で誰でも知っているようなことを自慢気にひけらかしているにすぎないように僕には見える。もっと面白い評論が読みたい。だったらおまえ書け?岸上のことでよければ注文さえあればいくらでも書いてやるが、ただしギャラをよこすこと。タダでは書かない。よろしいか、短歌とは、教養をひけらかす道具ではないのだよキミタチ。その歌人の本質をえぐるような評論をぜひ読みたいものだ。かろうじて吉川宏志には、その可能性を強く感じるものである。
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東直子さんが小津映画をけっこう観ているみたいです。
日記によく書かれていました。
ああ、わかる気がします。東さんの歌には邦画的なところがあります。
小学校三年くらいの子供のころにこともあろうに小学校の講堂で『日本沈没』を鑑賞させられまして。で、三年生とはいえ早生まれなので八歳の子供だった私はあれが本当に起こると固く信じて非常に怖ろしく、一刻も早く逃げてくれと両親に泣いて頼んだにもかかわらず取り合ってくれず、それはそれは怖ろしい思いをしたのです。
どういうわけかそれ以来邦画を見ると「本当にあったことかあるだろうこと」と思い込んでしまう嫌いがあって映画だとは思えない。「日本で一番長い日」も見ました。あれも本当だと思っているところがあります。部分的に本当なんでしょうが。
「七人の侍」は、豪雨のシーンの雨に墨汁を入れて注いだという話にわけもなく感動しました。(馬鹿みたいに繰り返す馬鹿みたいな話ですが、あれも本当かもしれないと思って…なんか情けなくなってきたのでやめます)
確かに、邦画、とくに旧作は、そのリアリズムゆえ、子供が見たらトラウマになるかもしれません。僕にもずいぶんたくさんトラウマ映画があります。叙情的に描かれてはいましたが、新藤兼人の「原爆の子」はもちろん、被爆者の実態を検証的に描いた同じく新藤の「さくら隊、散る」なんて子供に見せたら三日は寝られないでしょう。実際後者は最近の作品で僕はもちろんすでにいいおじさんでしたが、怖くて眠れませんでした。