ところで「塔」に落とされ、「短歌人」に落とされ、それでも推敲せずに歌集にも載せようというくらい自信がある、というか好きな歌が私にはある。
縦にあらず横に降りつけ濡らしくる京都の霧雨(あめ)の淫らなるかな 黒田英雄
この歌は遠い昔、学生のころ京都山科に住んでいた女性との思い出の歌である。まだ性愛というものをしりそめて間もないころで、下世話な言い方をすればサル同然の若者、もといバカ者であった。雨が降ろうと槍が降ろうとアパートにこもってずっこんばっこん、やってやっても食っても食っても、ぜんぶセックスのエネルギーになってしまう、そんな時期が誰しもあるだろう(頼むそうだと言ってくれ)。その彼女と夜道を歩いていて、ふと霧雨に遭ったことがある。本当に横から雨が降ってきて、傘が役に立たなかったのだ。僕が驚いていたら、彼女が言うには、「京都では雨はよく横に降るのよ」だそうである。月形半平太の「春雨じゃ濡れて行こう」という台詞の意味が初めてわかった。木下恵介監督「女の園」の中でも大学の助教授が、京都では雨が横に降るという現象を説明したシーンがあったように記憶する。もう一度、その点に気をつけながら見直したいと思う。てな訳で、この歌は私の若き日の猛烈な性愛のひとコマであり、どれだけ落とされ続けようと、捨てずに歌集に収録しようと思っているのだ。結社に入ってないしょくん、そして、ひとつしか結社に入っていないしょくん、結社はふたつ入るに限る。だいたいひとつしか入ってなくてはその月の結社誌を読み終わったらもう読むものがなくてつまらないではないか。結社誌なんてあっという間に読めてしまうものなのだから。だいたい、月に十首なんて少なくて、歌が余ってしまう。
今日のMYビデオ
「偽れる盛装」(昭和26年、近代映画協会=大映京都、吉村公三郎、脚本・新藤兼人、音楽・伊福部昭)京マチ子、管井一郎、藤田泰子、小林桂樹、進藤英太郎、村田知栄子
京都祗園に、まさに肉体を張って男を手玉に取り生きていく芸妓の物語。当初は山田五十鈴主演で撮られる予定だったが、山田の病気のため京マチ子に急遽変更。これは大成功。なぜなら、京マチ子のあの押し出しのいい肉体美がなければこの映画は成立せず、リアリティが持てないからだ。京がその巨大な乳房や臀部ですけべじじいどもをひいひい言わせてこそ、この悲劇が見るものを圧倒するのである。このビデオは絶版。高かったあ〜〜〜!!!!!京都の人には悪いが、僕のイメージのなかの京都というのは非常に淫らである。もっとも、幕末のころ長州人は京都のお姐さんたちにおおいにもてたという。桂小五郎などはその代表格であろう。かく言う私も長州人のはしくれである。というわけで、京都は今もって私にとって性愛の都なのである。
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