2007年06月12日

804 京都の霧雨

 結社誌のよさ、それはずばり選歌制である。選歌というシステムがあるからこそ、結社というものの存在意義があるのであり、むしろそれがすべてと言ってもいいだろう。僕は「塔」「短歌人」にそれぞれ十首ずつ毎月出詠している。掲載される歌の数ではなしに、僕が一喜一憂しているのは、十首中の、自分で自信ありと恃む歌が載るか載らないか、そのことである。絶対の自信歌はつねに、十首中の二首である。それが落とされたときは愕然となる。二結社に所属する利点というのはここにある。「塔」で落とされた歌を「短歌人」に送り、その逆もやる。大半はどちらかで採ってもらえる。もちろん、再出するときに推敲することもあるが、中にはそのまま使い回すこともある。こういう態度を不真面目だとか不謹慎だというかいうやつもいるかもしれないが、結社というのは歌人それぞれが自分のためのステージを探す場所であって、いいお座敷を探して持ちネタを披露するのは表現者にとって当然のことだろう。結社というのを、組織に所属して滅私奉公することだみたいに言うやつがいるが、創作者というのはどだいエゴイスティックでなくては一歩も先に進めないだろう。自信のある歌が落とされるというのはある意味いいことだ。もっとよくしようと推敲するからである。僕はぱっと作ってぱっと送ってしまうので、落とされることによってかえって作り直す機会を与えてもらえてありがたいくらいだ。
 ところで「塔」に落とされ、「短歌人」に落とされ、それでも推敲せずに歌集にも載せようというくらい自信がある、というか好きな歌が私にはある。

縦にあらず横に降りつけ濡らしくる京都の霧雨(あめ)の淫らなるかな 黒田英雄

 この歌は遠い昔、学生のころ京都山科に住んでいた女性との思い出の歌である。まだ性愛というものをしりそめて間もないころで、下世話な言い方をすればサル同然の若者、もといバカ者であった。雨が降ろうと槍が降ろうとアパートにこもってずっこんばっこん、やってやっても食っても食っても、ぜんぶセックスのエネルギーになってしまう、そんな時期が誰しもあるだろう(頼むそうだと言ってくれ)。その彼女と夜道を歩いていて、ふと霧雨に遭ったことがある。本当に横から雨が降ってきて、傘が役に立たなかったのだ。僕が驚いていたら、彼女が言うには、「京都では雨はよく横に降るのよ」だそうである。月形半平太の「春雨じゃ濡れて行こう」という台詞の意味が初めてわかった。木下恵介監督「女の園」の中でも大学の助教授が、京都では雨が横に降るという現象を説明したシーンがあったように記憶する。もう一度、その点に気をつけながら見直したいと思う。てな訳で、この歌は私の若き日の猛烈な性愛のひとコマであり、どれだけ落とされ続けようと、捨てずに歌集に収録しようと思っているのだ。結社に入ってないしょくん、そして、ひとつしか結社に入っていないしょくん、結社はふたつ入るに限る。だいたいひとつしか入ってなくてはその月の結社誌を読み終わったらもう読むものがなくてつまらないではないか。結社誌なんてあっという間に読めてしまうものなのだから。だいたい、月に十首なんて少なくて、歌が余ってしまう。

      今日のMYビデオ
「偽れる盛装」(昭和26年、近代映画協会=大映京都、吉村公三郎、脚本・新藤兼人、音楽・伊福部昭)京マチ子、管井一郎、藤田泰子、小林桂樹、進藤英太郎、村田知栄子

 京都祗園に、まさに肉体を張って男を手玉に取り生きていく芸妓の物語。当初は山田五十鈴主演で撮られる予定だったが、山田の病気のため京マチ子に急遽変更。これは大成功。なぜなら、京マチ子のあの押し出しのいい肉体美がなければこの映画は成立せず、リアリティが持てないからだ。京がその巨大な乳房や臀部ですけべじじいどもをひいひい言わせてこそ、この悲劇が見るものを圧倒するのである。このビデオは絶版。高かったあ〜〜〜!!!!!京都の人には悪いが、僕のイメージのなかの京都というのは非常に淫らである。もっとも、幕末のころ長州人は京都のお姐さんたちにおおいにもてたという。桂小五郎などはその代表格であろう。かく言う私も長州人のはしくれである。というわけで、京都は今もって私にとって性愛の都なのである。
ニックネーム 茶トラのみんく at 23:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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