2007年08月17日

856 孤独な歌人、仙波龍英と出遭えなかった不運と幸運

 六花書林から、満を持して発刊なった「仙波龍英歌集」が面白くてしょうがない。俺は、およそ歌人と会いたいとは思わないが、仙波は、会いたいと思う数すくない歌人のひとりである。新東宝の話などたっぷりしたい。困るのは、読めば読むほど、彼の歌と僕の歌と、その発想に共通点が相当あることである。映画、サブカルチャー、女優の好み。かなり近いし、そうしたネタを取り上げる詩心そのものが共通しているのだ。だから、俺の歌を仙波のパクリと早合点する向きもいるかもしれないが当然それはありえない。なぜかというと、仙波の歌は長らく読むのが不可能で、最近短歌をはじめた俺が模倣できるわけがないのである。俺は赤木圭一郎を詠い、仙波もトニーを詠う。ほかにそんなお題で詠うやつがおるかいや、いはしない。

ハヤシライス平(たひら)げしのち真似てみるララミー牧場のジェスの早撃ち 仙波龍英
CMの長嶋茂雄が片辺をふるふをとこに「からだが資本だ!」
市ヶ谷に首がとぶとはいまは亡き「黒い雪」裁判被告の幻想
怪談は新東宝にとどめさすをその後恐ろしき映画生れず

 ほかほか、引用したい歌がたくさんあるが、またそれは折を見て。
 
 ところで。仙波の歌には、やたらと詞書きと注釈が多い。第一歌集「わたしは可愛い三月兎」の解説を書いた小池光氏がこう述べている。

 〈短歌に註をほどこすという発明も、そういう中からごく自然に出てきたものだろう。自分を語るには自分の一部(あるいは大部)である流行(ハヤリ)を語らねばならず、したがって「俗悪」がハンランするが、読み手にこれら事象は伝わるだろうか。心やさしく仙波龍英はそこでおずおずと〈註〉を施しはじめたに違いない。ことさらの意企や奇矯性を見るべきではないのである。すべては彼の正直な親切心のなせるわざだ〉

 これは、小池氏の誠意のこもった文章だとは思うが、どうしても、ある種の「ずれ」を感じてしまう。そもそも、なぜ仙波が、第一歌集で、当時は歌壇はもちろん、一般社会、のみならず、マニアの間ですらコアな漫画ファンの知る人ぞ知るな存在だった吾妻ひでおを表紙絵に起用したか、それを考えなくてはならない。僕はまったく知らないのだが、ある世代の「おたく」にとって吾妻ひでおというのは神にも等しい存在であるらしい。連載をいくつも持っている漫画家でありながら失踪しドカタやホームレスを転々とし、ようやく復帰して出した本がいきなりベストセラー、しかも僕の周辺ではやはりその名を知るものがいない、というのが、70年代以降のサブカルチャーのあるかたちを如実に表している。僕はその全盛期を知らないが、収録されてある「三月兎」のイラストを見るにつけ、これははっきり言って「萌える」。男が、いや文学という菌に感染したものならば女性でも、少女という記号に託す妄想を極限まで煮つめたような絵だ。人間を構成するのが思想や理性ではなく、その本質的なものはサブカルチャーにこそ浮びあがるという認識が交差した結果が仙波龍英と吾妻ひでおなのではないか。僕はまったくロリコン趣味はない(三月兎に描かれている女性の体型は成人女性のそれだが、顔は幼女に近い)が、無邪気と魔性の合体に安らぎを見出したいという近代人の要請に、それは唯一の答えを出しているように思える。仙波がみずからの短歌に過剰ともいえる詞書きや註を付したのは、決して小池が言うような気遣いやサービス精神ではない。それ自体が作品の半身をなすコラボレーションなのだ。でなければ、サブカルチャーにおいてすでに生き神であった吾妻ひでおを表紙に持ってくるわけがない。
 仙波は、歌壇に対して根深い嫌悪感を持っていたというが、それはわかる。俺は、仙波の最良の理解者を自称しはしないが、それにしても、当時の歌壇が彼の歌をまともに評価することができず、とんちんかんなことばかり言っていたであろうとは推察できる。だって歌人て、泣きたくなるほどサブカルチャーに弱いんだもん。こいつら文学バカで、仙波が歌にこめた情念がビビッドにわかったのは一人もいないだろう。だから、仙波のライトバースの嚆矢とか、バカ丸出しなことを言うやつがいるのである。俵某や加藤某と、仙波を一緒くたにすんなボケ。加藤はサブカルチャーをその胸や腹でわかっていない。歌を読めば一目瞭然である。
 詠みはともかく、「読み」が一流という歌人は希少である。正直、「これは凄い」と唸った読みをする歌人は、故塚本邦雄一人であった。塚本は、歌人と文学者が当然持っている世界への悪意を読み取り、それを堂々と解説してみせる文学性があった。まさに「詠み」と「読み」を両立させた魔王と言っていいだろう。誰も塚本に追随しえないのは、「悪人」と呼ばれることを恐れていることだ。どの歌人もスケールが小っちゃい。
 仙波が僕と、そして僕が仙波と出会うことができなかったのは、お互いにとって不幸なことだが、また幸運だったかもしれない。彼が「三月兎」を出したころ、僕は金にもならないサム・シェパードの初期短編の日本初演に血道をあげていた。お互いジャンルは違えど、「こんなに先鋭的な俺がなんで受けないのだ」と煮えていた。考えてみればサム・シェパードの劇世界の背景にあるのもサブカルチャーである。俺はいま、仙波と語りあってみたいが、もし実現したら、三日三晩語りつくしたあげく俺が向こうに連れて行かれそうなので語れなくて幸いかもしれない。今、そこまで語りあいたい歌人は、現世には一人もいないのである。ちなみに、私は自歌において固有名詞を乱打するが、読者に解ろうと解るまいとそんなことは関係ないと思っている。解らないのなら調べろ。短歌とは、そういう、読者の知的好奇心を刺激するものであるべきだと思うからだ。
ニックネーム 茶トラのみんく at 21:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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